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雨水利用(33)

 再びT邸の雨水利用を紹介していく。T邸で使用している水はすべて雨水である。水道は引いていない。井戸も掘っていない。五木の子守唄ではないが、「水は天からもらい水」大いに結構ではないかと思う。左の図は雨樋から立て樋へ流れ、左方向からは横にパイプが敷かれ両方の雨水を集めて右図の四角い集水マスに雨水が流れ込む。40*30センチで3層に別れていて最初は直径3センチ程度の石が敷き詰められ、2段目が2センチ程度か、3段目もほぼ同じ大きさの石が敷き詰められていた。これ以外には何もしていないという。この浄化装置を通って雨水は雨水タンクに集められる。


雨水は2本の立て樋から集められ、合流点で直径11cmのパイプが用いられる


集水枡をフィルターにした合理的な考え、浄化に三段階設けている。雨水原水が余り汚れていないので簡易な装置で十分だ


雨水タンク 直径1.4m・高さ1.2m 約2400L 生活用水として十分の容量だ


ポンプは2台 左手ポンプは隠れている。トイレ用と生活用に分かれている

 雨水タンクの容量は2400Lで少なめだがT氏の一人暮らしでは十分である。ポンプは雨水がかからないように箱に収められている。また冬場は凍結する恐れがあるのでホースには断熱カバーが施されている。ここで紹介しないが使用した水も浄化され地下配管を通して畑の野菜の水やりに使われている。私が知る限りでは雨水が100%で井戸・水道水なしの家はこのT邸しかない。


 ここからは韓国で開かれた第3回世界雨水大会の話をしよう。私がこの催しを知ったのは2011年の8月3日・4日に大阪で開かれた第4回雨水ネットワーク会議全国大会2011in大阪に韓国ソール大学の韓武榮教授が来られたのがきっかけでした。8月3日の夜の懇親会の席上で来年の5月に世界雨水大会が、韓国で開かれるとの案内でした。私が韓教授のテーブルでへたくそな英語で内容を聞くと誰でも参加できるという。彼の講演でも私は非常に興味を持って聞いていた。大阪府大阪狭山市の狭山池は韓国の碧骨堤(ぴょっこるちぇ)の工法と酷似しており、おそらく韓国の技術が日本に伝わったのではないかという。碧骨堤は4世紀に造られたため池である。
ここからは狭山池博物館副館長の楠喜博氏の文章を引用する。

1.狭山池の歴史
狭山池は古事記や日本書紀に築造の記述がみられ、古くからため池として利用され、行基や長源など歴史上著名な人物がその改修にかかわった記録が残されている。2004年に発掘が始まり、出土した木製の東樋の一部に表皮が残っており、その年輪年代測定したところ616年に伐られたことがわかり、これによって狭山池の誕生が約1400年前にさかのぼることが証明された。
2.狭山池の雨水利用の仕組み
狭山池下流地域は現在も多くのため池が残っている。この一帯は雨が少なく、農業生産のための灌漑の仕組みが古くから工夫され、川の上流部から水路を作り水を引くことでより高い位置にある農地で作物を栽培できるようにかんがえられ、この考え方を灌漑システムとして発展させたものが、樋や余水吐(とすいはけ)を備えたダム式ため池となった。
3.敷葉工法がつなぐ東アジアの古代利水施設 ~世界遺産へ~
大量の水をせき止めるためには水の圧力に耐える丈夫な堤防を作る必要があり、この大規模な堤防を作る上で当時の高度な技術がつかわれている。昭和63年末から始まった狭山池の平成の改修工事で、堤防の土の中から鮮やかな緑の葉を残す大量の小枝を敷き詰めた層が何層にも重ねられているのが発見された。「敷葉工法]と名付けられたこの工法は、現代の土木技術で土の間に布などを挟むことで盛り土の滑りを防止する工法と類似しており、古代人の知恵が思い起こされる。この工法は我が国ばかりでなく中国・朝鮮半島の古い堤からも発見されている。特に、朝鮮半島の碧骨堤は4世紀に造られたため池で誕生時期や工法の類似性から狭山池とは兄弟ともいえる。そこで碧骨堤と狭山池が連携し[東アジアの古代水利灌漑施設」として世界文化遺産の登録を目指す動きが始まっている。  以上

 私はさらに行基についても調べてみたり、民俗学会の人からもその祖先を訪ねたりした。どうも行基は韓国のソウルあたりの出身だという。南海電車で羽衣から高師浜線というのが出ているがその終点高師浜のある地域には韓国からの技術集団がはるか昔にやってきている。これが宮大工などのもとになっているという。姓は「北村」である。
 少し回り道をしてしまったがこの項はまたタイトルを変えて話題提供したい。

 さて私は2回目の雨水特許の申請を昨年の11月16日に出願した。この雨水特許は韓国のタンクメーカーが作っているタンクの蓋に私が加工を施したものである。この特許は早期審査にかけて本年2月24日に特許登録されたもので機会があればこのタンクメーカーを訪ねに韓国に行きたいと思っていた。3月になって雨水利用の話を自然エネルギーを推進する会や地元の環境団体にはパワーポインターで話すと好評だったのでさらにいろいろ環境問題にまで発展させてまとめることにした。自分でもいいものができたと思った。5月に世界雨水大会が開かれるのを思い出し、それならば5月の世界雨水大会で発表できるものなら発表したい。さっそく韓教授にメールを送った。返事が来なかったのであきらめていると4月28日になって突然韓教授がメールに返信してきた。「外国旅行をしていたので申し訳ない。貴殿の発表を受け付ける」と返事が来たので、すぐさまメールに返答して30分の時間を下さいと言うと15分発表、5分質問の時間という返事が返ってきた。嬉しかったが、5月20日まであと22日しかなかった。歴史的にまた民俗的に韓国に興味を持っていた私は昨年の10月からハングルを習っていた。しかし覚えが悪く遅々として進まなかった。これを機会にハングルにも力を入れた。ハングルは文法は同じであるが文字数が399文字(実際に使われているのが300文字弱)、30コマのスライドに解説文を入れていったが時間ばっかり食ってしまった。
 ハングルの先生が30コマ中28コマ面倒を見てくれた。私のハングル訳がまったく耐えられないものだったのだろう。次にスピーキングの練習である。19日に出発する一週間前から先生の声をテープにとって練習してみるもののまったく遅い。そこで先生は2番までハングルで発表しあとは現地の研究者に読んでもらいなさいという。・・・・・・
 レジュメは英語で作った。定年退職後英会話・英語翻訳通訳講座を受けているがいまだに疎い。これもO先生に見てもらった。O先生は通訳と翻訳業をしている。先生は生きた英語や英語圏の人々の考え方を理解しないと翻訳はできないという。この6年間で物語やことわざ集など訳してきたがいつも直訳はダメ、意訳しなさいと言われ続けてきた。ちなみに今は精神分析学の父ジグムント・フロイトの生涯について伝記物を訳している。彼の生涯も甚だ興味深い。最初の頃は生物学者と呼んだほうがいいような。生物に関して数々の研究を行っている。喫茶店で先生とマンツーマンの講義を約6時間していただいた。文章をざっくり直されると勉強不足が身に浸みる。方々直されてなんとかものになった。17日の朝先生からメールが送られてきて最終チェックが完了した。まるでこの2週間は受験生の心境である。やはり国際という舞台で恥をかきたくないという気持ちが原動力になっている。
 19日16時に関空を発った。その2時間前にハングルの先生が最終チェックの原稿をUSBスティックに入れて堺駅まで来てくれた。飛行機の待ち時間ずっとハングルで音読を続けた。イースター航空は韓国人が多く。なにも怪しまれなかった。

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