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壱岐対馬へ(壱岐対馬を巡る万葉の旅)11

対馬は魏志倭人伝によると「(帯方)郡従り倭に至には、海岸に循いて水行し、(諸)韓国を歴て乍ち南し、乍ち東し、其の北岸狗邪韓国に至る。(群より)七千里にして、初めて一つの海を度り、千余里にして対馬国に至る。其の大官を卑狗と曰い、副を卑奴母離と曰う。(対馬は)居る所、絶島にして、方四百余里可りなり。(その)土地は、山険しくて、深き林多く、道路は禽鹿の径の如し。千余戸有り。良田無く、海の物を食いて自活す。船に乗り、南北に(ゆきて)市てきす。」
とある。
続いて遣新羅使が対馬で作った歌
ありねよし 対馬の渡り 海中に 幣取り向けて はや帰り来ね
対馬の嶺は 下雲あらなふ 可牟の嶺に たなびく雲を 見つつ偲はも
百船の 泊つる対馬の 浅茅山 しぐれの雨に もみたいにけり
竹敷の 黄葉を見れば 我妹子が 待たむと言ひし 時ぞ来にける
他にも歌があるけれど私が好きな物を取り上げた。
本日は鶏知にある対馬グランドホテルに泊まる
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浅茅湾 沖のイカダは真珠の養殖が行われている
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フジ 竪穴式住居の屋根と柱を結ぶのにフジの茎が使われた(ガイドの説明)
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対馬グランドホテルより 朝陽を拝む

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