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四天王寺七宮詣り

超願寺は四天王寺南大門の前にある寺院で竹本義太夫の墓所として有名である。超願寺の創立は古く、推古天皇の22年(614)聖徳太子の草創と伝えられ、太子が蘇我馬子の末子せい観を住まわしめたと言われる。せい観は太子より与えられた経論・仏舎利を納めるため、三重塔を建てたが、舒明天皇の代に再三付近に火災があったので、これが類焼を防ぐため泥土を持ってこの塔を塗り込めた。この事によって、人々はそれを土塔と称しの地に寺の山号ともなり、また、この地を土塔村と呼ばれる起因ともなったと言われている。この寺は浄瑠璃節の中興竹本義太夫(慶安4年生、正徳4年没 享年64歳)他歌舞伎や浄瑠璃に関係ある人たちの墓所ともなっている。義太夫は天王寺村の百姓の家に生まれ、生来歌を歌う事が好きであった。京都で浄瑠璃節の稽古を始めたが、自分の気に入る物でなかった。後に自分が案出した義太夫節が人気を集め、道頓堀に竹本座と言う新派浄瑠璃人形芝居を始め、間もなく近松門左衛門が座付きの脚本家となり、義太夫節が天下に広まった。
DSCN7972竹本義太夫の墓
DSCN7973竹本義太夫の墓
DSCN7974竹本義太夫の墓 お堂の中に入っている

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