本日 193 人 - 昨日 146 人 - 累計 242496 人
RSS

北方民族博物館

北方民族博物館に行こうとしたのは利尻島は11世紀ごろまでシベリアやバイカル湖畔などに住む民族が暮らしていたと言うのを去年利尻島の郷土資料館で見つけたからだ。その後アイヌとの戦い?で負けたのかいなくなってしまったらしい。この博物館で何か新しい知見が得られるかと思ったからだ。結論から言うと展示からも総合案内の本からも何もわからなかった。ただ網走のモヨロ貝塚から発掘された土器や石器はその由来がバイカル湖畔に住む民族のものと極めて近い関係があることが証明されていた。それはアイヌ民族ではない。これらの人々はカナダではエスキモーと呼び、広くグリーンランドや北極圏に居住する人のことをイヌイットと呼んでいる。これらの人がシベリア・カラフト・サハリン・利尻島に分布し、オホーツク文化圏を構成している。竪穴式住居に居住し、主に狩猟生活を営んでいた。カリブーやトナカイ、クマそしてアザラシやオットセイ・トド・クジラなどを獲って暮らしていた。
DSCN9211あざらしやセイウチの腸を使った漁労用の服
画像オヒョウの樹皮の服 アイヌ、アメリカの北西部のインディアン
DSCN9215パイプ 喫煙の習慣もあったが、主に祭祀に使われた
DSCN9217竪穴式住居床の下は食糧の貯蔵庫
画像オホーツク文化の土器 総じて小さい
画像シャマンの服 髑髏が服に縫い付けられている
DSCN9225モンゴルの馬頭琴 モンゴルの民族と交流があったのだろう

コメント
name.. :記憶

画像認証
画像認証(表示されている文字列を入力してください):