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西条・広島.呉へ

2017年08月26日
大和ミュージアムに行った。入場料は特別展(潜水艇による調査記録)も含めて800円だ。館内には大和の実物大の10分の一の精巧な模型が展示されている。戦艦の甲板から上の部分、そして吃水よりしたの部分例えばスクリュウ等も見える。大和には4本のスクリュウがあり、最高時速27ノットは当時としては驚きの速さだろう。特別展ビデオは軍艦大和の設計が昭和12年から始まり、装甲甲板が40センチでどんな砲弾にも耐えれるように設計されているとか、世界で初めて主砲が46センチという巨大な物を建造した技術の紹介があった。また潜水艇による遺留品調査で靴や船首部の菊のご紋章(レプリカ)、測距儀等の部品、そして大和が沈没して海底に横たわっている状態が展示してあった。また今大型の船に用いられている球状船首の技術いわゆる最も水の抵抗を軽減した船首部の形状、これらは全てそろばんで計算された。
記念撮影
戦艦大和の勇姿 後部より
吃水より下部も見えるしかけ
10分の1モデルを作った造船所
球状船首

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2017年08月24日
呉港周遊は思ったよりいろいろの事を教えてくれた。江田島の海軍兵学校は今は観光用に解放している。見学は無料である。小用港の背後にある古鷹山(394m)は海軍兵学校の生徒が朝野散歩がてらにのぼったそうだ、頂上付近は岩石が累々とあるそうだ。呉は大戦後軍艦等は作らなくなったが、タンカー等の造船や橋梁の建設が続けられている。又海上自衛官になるにはこの呉で5ヶ月間寮生活が義務づけられ、訓練生は知識や技術習得に励んでいる。此処を終了した自衛官は全国各地の基地に散らばっていくという。ここはまた潜水艦の基地でもある。戦艦大和の建造は昭和12年から始まったが、軍の機密で呉線で呉港が見え始める辺りにさしかかると列車のブラインドを下ろさせたという。ちょうど呉基地の見える辺りの海には牡蠣の養殖筏が広島の方にかけて並べられ、全国の8割の牡蠣が此処から出荷される。
弾薬庫があったところ
造船所奥の方にクレーンが林立している
小用港から見る古鷹山
牡蠣の養殖吊るしている長さが5〜10m

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2017年08月20日
呉駅を降りて港にとりあえず向かう。13時50分の高速船は乗れなかったが、切符売り場に行くと江田島小用港との間を周遊したらどうかと持ちかけられ14時22分の船で周遊する事にした。乗船場にガイドさんが来て私たちが案内するという。私を含め3人が周遊する事になった。以下はガイドの説明です。呉はどうして海軍の基地として選ばれたか?明治政府は東は横浜に決めた後西は何所にするか検討した所、西日本で呉・江田島が敵が攻めにくい地形をしている事から、明治19年鎮守府を置き、30年に海軍造船工廠を置いた。この頃から東側は造船所並びに関連工場、西側が住宅地域となり住民は移動させられたという。今でも戦艦大和が作られたドックはあると指差してくれた。だが約1/3の大きさしかない。
呉港 海上保安庁の船
NYKの巨大なタンカー この奥の方に大和の造船所があった
掃海艇 常に常駐している
呉港外に停泊する船 この日は台風接近で船が出払う

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2017年08月18日
資料館を見た後、広島城に向かった此処にもボランティアガイドがいると聞いたのでだ。原爆ドームから15分歩くと城の手前にある広島護国神社に到着する。此処でお守りを買おうと思ったが最低で1000円。300円のおみくじだけにした。広島城のチケット売り場でボランティアガイドはいるか聞くと本日(6日)はみんな平和記念公園に行っているというので入場はあきらめた。そこで市電に乗り、呉に行く事にした。「男たちの大和」を2回見た。その時から大和ミュージアムに是非行ってみたいと思ったからだ。呉へは広島から安芸路ライナー等が1時間に2本出て、30分で着く。だが私の乗ったのは呉駅の手前で信号故障のためかなりの時間止まる事になった。このため江田島へ行く船は乗れなかった。そのため海軍兵学校は行けなかった。
広島城 原爆投下で倒壊する 現在のは1958年以降再建
広島城 典型的な平城 岡山城・大阪城・広島城は3大平城 
記念撮影 太田川のデルタ地帯に築城
車窓から見る呉港

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2017年08月18日
広島平和記念資料館に入ろうとすると東の方にアオギリがあった。私は「アオギリにたくして」という映画を見ていたのでひょっとしてあの映画のアオギリがこんな所にあるのかと思ってガイドに尋ねると移植されたそうだ。被爆した部分は枯れたがその反対側は生きていてそこからまた芽を出し、実を結び、その実が育って元のアオギリのそばにある。広島の語り部沼田鈴子をモデルに描いた映画だった。資料館は3Dによる立体的な映像展示で8月6日の衝撃的な瞬間を映し出していた。又語り部のコーナーは大きなスクリーンで30人ぐらいが見る物と小さい小部屋が8ブース設けられ、韓国人の被爆者の話や、牧師さんの話もあった。
峠三吉の歌碑
被爆したアオギリが移植されている
新戦略兵器削減条約の締結 オバマ前大統領
被爆したガラス瓶 高熱で変形している
爆心地 島外科

ラジオカフェ

2017年08月18日
皆様へ
急ですが、20日(日)6時から6時30分まで京都のラジオカフェFM79,7Mhzに出ます。雨水利用の話です。京都の方はチャンネルをあわしていただければ聞けますが大阪は電波が弱いのでスマートフォンで「ラジオカフェ・アプリ」で検索し、エコネット市民カフェに進んで下さい。

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2017年08月16日
原爆の子の像は風鈴のような錘が付き風に揺られてで鐘がなるようになっている。2歳で被爆し、12歳で亡くなった佐々木禎子さんの死を悼み同級生が全国の小中学校に呼びかけ540万の募金を元に建てられた物だ。鐘に刻まれた文字は湯川秀樹が揮毫した。1958年5月5日建立。この周りには全国から送られて来た千羽鶴が納められた小さな部屋があるが満杯だ。年々増え続ける千羽鶴は資料館に納められていたが、置き場所に困り市議会にどうするか問われた。市長は燃やす案を提案したが、反対され、今はリサイクルされているそうだ。その後原爆供養塔。韓国人原爆犠牲者慰霊碑を廻る。韓国人は当時工場の作業員や呉の造船所の作業員として多数強制的に連れてこられた人もいる。
原爆の子の像 
原爆の子の像の前の広場
折り鶴各地から送られ地域ごとにまとめられている
折り鶴

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2017年08月15日
ボランティアガイドを頼むと9時きっかりに山崎さんという年配の女性のガイドをつけてくれた。原爆ドームを一回りしていろいろな説明を受けた。ドームの中にコンクリート片がごろごろあるのは元安川に落ちたかけらを広島大学の学生が拾ってドームの中に置いた物も多いと。それから爆心地は此処でなく島内科(当時)今は島外科だと。次にレストハウス・平和の灯・平和の池・広島原爆死没者慰霊碑・国立広島原爆死没者追悼平和記念館と廻る。レストハウスは原爆ドームから至近距離にあるが被害が少なく当時のままだ。これは鉄筋コンクリート造りと窓が小さかった事が挙げられる。平和の灯と平和の池は昨年オバマ大統領がこの横を歩いた場所だ。今年1年で原爆が原因で死亡が確認された人は5530人。原爆慰霊碑に納められた名簿は113冊30万8725人にのぼる。
レストハウス
戦争反対のプラカードを持った人
ガイドの山崎さん
慰霊碑 時計は8時15分を指している

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2017年08月14日
西条には広島テクノプラザという宿泊施設がある。西条からバスで20分程東広島に行った所だが、宿泊代が安い。5日は此処で泊まった。入り口を入ると暗く、「宿泊者は管理人室」への案内板が出ているだけ、管理人室で鍵を受け取ると、「此処は研修施設で宿泊は付録のような物だと」管理人は言う。
6日早朝にここを発ち広島へ、原爆ドームに着いたのが8時45分頃、凡そ30年ぶりだ。ピースボートの船で原爆被害者の話を聞いたし、「原爆投下決断の内幕(上・下)」上しか読んでない。「アオギリにたくして」や「黒い雨」も見た。もう少し詳しく広島の事を知りたかったためだ。
原爆ドーム前で
原爆ドーム
ボランティアガイド受付
元安川 被爆した人たちが水を求めて入水

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2017年08月13日
酒蔵通りで聞き酒の後、東広島市芸術文化ホール(くらら)の2階レストランで昼食、私たち会員は880円でワンドリンク付きのサービスだった。昼から始まった「雨水パワーによるまちおこし」福岡義隆名誉教授による講演は「都市砂漠人心までも乾いてる」はクールファイブの東京砂漠を思い出した。先生の話は方丈記や俳句・川柳と進み最後何を言ってるのかよく分からなかったが面白かった。その後水に関する取り組み紹介が4件あった。その中でライオン株式会社が雨水利用普及支援活動をしており、「雨活アイデアコンテスト」の作品の募集をしており、締め切りは10月14日だ。小冊子・ポスターの紹介
酒蔵通りそぞろあるきマップ
雨庭のすすめ
ライオン株式会社の雨活のポスター
西条 山と水の環境機構

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2017年08月11日
8月4日の話題提供で興味深かったのは森本幸裕教授の雨庭という発想だ、雨庭とは、「都市が邪魔者として、すぐ排水していた雨を受け止めて恵みに変え、大雨等の災害を和らげる、植栽空間を中心とした取り組みです。工夫された補足貯留浸透のデザインの側面と、水の恵みを得つつリスクを低減する賢い土地利用の側面を持ちます。という物で教授が監修した京都駅ビル緑水歩廊は是非見てみたい。私は教授が係った梅小路機関区跡の「朱雀の庭」はこの5月に見て来た所だが、又京都に行く愉しみが増えた。写真は2日目午前中の酒蔵通り見学
JR西条駅 酒造会社の建物に似せている
福美人酒造の煙突 (今は使われていない、石炭や薪用)
雨水ネットワークのメンバーで聞き酒
酒の原料
加茂泉酒造の次郎丸井戸
加茂鶴酒造の煙突凡そ20m

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2017年08月09日
8月4日5日に第10回雨水ネットワーク全国大会in広島が西条市にて開催されました。開催にあたってのタイトルは里山が育む 雨の恵みを醸す 伝統の酒文化でこの西条市は龍王山の麓に位置し、湧水の豊かな町、古くからしの湧水を利用した酒造りが盛んで独自の酒文化を育んできました。初日は雨水⇔防災⇔まちづくりをテーマに「雨庭を通したエコロジカルネットワーク」という題で森本幸裕教授、「広島土砂災害からの復興まちづくり」木村良一氏 「山と水のグランドワーク」
中越 信和氏の代理船本氏 「酒蔵通りと半尾川再生まちつくり」中坪孝之教授からそれぞれ話題提供があり、その後この4氏によるパネルディスカッションがありました。
西条の酒蔵通り
受付風景
雨水大会ボランティア