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礼文島

2019年07月31日
迎えの車に女性2名と私だ。二人とも大阪から来ていた。彼女らは以前にも礼文島に来ていた。そして伝統あるユースホステルの桃岩荘にも泊まっている。昔を懐かしむセンチメンタルジャニーズだ。迎えの車に桃岩荘の銀次郎さんが踏み台を備える。車はトラックに幌をかけ荷台に座席を設けたものであった。走り出す前に銀次郎さんがここからは一切自分の教養とか地位など捨て去ってくださいという。わかりましたとめいめいが答えた。長いトンネルを抜けて島の西側に番屋を改装した桃岩荘はあった。(ただし外観は変っていない)車から降りて玄関に向かうとお帰んなさいと30名の客が一斉に大声で言う。番屋は一階の真ん中に囲炉裏があり、中2階の全ての壁側に寝床があった。私は2段ベットでないのが良かった。場所によっては2段のところもあった。シーツと枕カバーをセットするとすぐ晩御飯で7時30分から囲炉裏前に集合ということになった。この時桃岩時間で標準時より30分早い。実際は7時に集合だ。ギターを抱えた主人と銀次郎が歌を紹介し、歌う。もう30年から40年前のフォークソングだ。「岬めぐり」や「石狩挽歌」も歌ったが知らない歌も多かった。それも歌だけでは無い踊りや手ぶりまでやらされて、終わったのは9時30分。疲れた。私にとっては50年前を彷彿させるかのような旅だ。明日は6時起床が告げられ、島内ハイキングの組み、フェリーの組みその他と出発時間ごとに荷物の置き場が決められた。風呂や細々とした整理の時間が終わったら一斉に消灯になった。真っ暗だ。トイレの誘導灯のみついている。
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桃岩荘
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桃岩荘の内部
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見送りの儀式
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見送りの儀式
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桃岩荘の前の海 アザラシが来ていた

礼文島

2019年07月28日
レブンアツモリソウの群生地は船泊小学校から少し西に走った浜中と言うところから南下する。船泊小学校のところに信号があった。ここで育った小学生が北海道や内地に出たとき信号も知らないと困るのでつけられたそうだ。自転車で群生地に行くと既にクラブツーリズムの方々がほとんど見終わったところだった。湿地と言う程でもないところに群生している。木道は総延長で50mぐらいしかない。面積も300坪ほどの小さな場所だ。其の中のほんの一部分だけレブンアツモリソウが咲いているのだ。私は何枚か写真を撮った後帰る時間が気になり始めた。15時25分に群生地を出発香深まで約16キロだ。普通なら1時間で十分
行ける距離だが、風が行く手を阻む結局レンタルバイクのキャットロックに着いたのは16時59分 閉店の1分前だった。
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礼文島

2019年07月25日
利尻島の鴛泊港から礼文島の香深港まではハートランドフェリーで45分だ。船客はクラブツーリズムのじいさんばあさんでいっぱいだ。やはりレブンアツモリソウを見に来ている。10時5分に港につくと彼らは観光バスで北に向かった。私は港のそばにあるレンタルバイク店で自転車を借りた。道は島を巡るように海岸線沿いにある。案内書を見て、久種湖(くしゅこ)ストコン岬にむかう風が猛烈に強い。海岸線を走っているとムラサキウニが打ち上げられていた。ときどき海岸沿いに大きなネットを張った小屋があるので覗くと魚(タラみたい)が干してある。風が身をそぐようにきついのでボータラみたいに見えた。久種湖では自然観察指導員に引きつられた20名程のグループが鳥の観察をしていた。この湖は海への出口を塞がれて湖になったものだ。木道があり湿地帯には水芭蕉の大きな果実がついている。
久種湖に行く前に高山植物園と言うのがあるので立ち寄った。入園料は300円
レブンアツモリソウもここにはあった。スタッフのじいさんが出てきて私に話しかける。10年前までは盗掘が多かったと言う。今ではサンクチャリのようにして保護しているので被害が少なくなった。このレブンアツモリソウは盗掘されて業者が育てたらしいが全て失敗している。土や気候も同じような条件にしてもだめらしい。その他の要因昆虫とか微生物とかが揃わないとだめなのだ。
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ハートランドフェリーから利尻山をバックに
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香深港
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魚を干している小屋

利尻から礼文島へ

2019年07月24日
頂上からの下りはそんなに難しいところはない。甘露泉水で思いっきり美味しい水を飲んだ。それからすぐに北麓野営場だ。4時間30分で到着した。ここには使用済み携帯トイレを捨てるボックスがあり、私は自分の小便を捨てた。私以外の分は4個だった。おばちゃんが出てきて、73歳の方は「あんたかね」と聞いて来るので「そう」だと答えると、これで最後の人だからと言って野営場の事務所を閉めて軽自動車で帰ってしまった。車に乗せてもらえれば良かったのにと後悔しながら歩き始めた。利尻温泉まで35分かかった。ここでゆったりとした。足が少し筋肉痛を起こしている。マッサージ機に乗った。そのままうとうとし、30分も居眠りしていた。明日はいよいよ利尻から礼文だ。ハートランドフェリーの利尻発は9時20分なので余り急ぐ必要はない。
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ポーズを決めて写真を撮る
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長官山の碑
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雪渓
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利尻山を振り返る
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利尻温泉 入浴料500円

利尻山登山

2019年07月21日
  避難小屋を出て少し行くと雪渓があった。例年だった凍っていたのかもしれない。距離も短くアイゼンをつける程でもない。ただ風が恐ろしく強く吹く、小用の時に下着を重ね着したが、それでも寒い。ブルッと来る。9合目は9時55分に到着1410mだ。気温は2℃と3℃の間だが、風が強いので寒い。霧がかかり、視界不良、ひたすら前を向いて登るのみ、下山者7名有り、言葉も無くすれ違う。外人1名有り、10時57分ついに頂上に着いた。視界が徐々に開けていく。風も少し納まったようだ。登頂記念に写真を自動タイマーでとろうとするがすぐに風でこけてしまう。数回やってやっとまともな写真が1枚取れた。太陽が出てきた。気温も上がっている。6℃だ頂上のそばまでアマツバメが来ている。
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きれいな山だ。
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ザゼンソウ
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避難小屋を出てすぐに雪渓 
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9合目 霧が少しだけ晴れる
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利尻山頂上での記念撮影

利尻山登山

2019年07月15日
北麓野営場は標高220mだ。気温10℃これから約1500m登らねばならない。5時55分に4合目に到着、標高390m別名野鳥の森だ。6時32分5合目到着標高610m雷鳥の道しるべがある。おそらくこんな低いところでも雷鳥が営巣しているのだろう。ダケカンバの間から海がちらちら見える。ここで小休止して朝食のカロリーメイトを食べる。ツツドリの声がする。ポポーポポーポポーと3回鳴いて少し間を置き又同じように繰り返す。7時15分6合目だ。少し急な登りだった。風が強い。ハイマツの中にいる時は、風を余り感じないが、途切れたところに来ると猛烈な風だ。7合目凡そ標高1000m胸突き八丁だが、余り苦労せず。
8時25分第二見晴し台標高1120m気温5℃少し寒い。霧がかかる。見通しは悪いが、一本道だ。9時5分避難小屋到着凡そ30人ぐらいは泊まれるだろう。ここは避難の為の小屋でその目的のみの使用となっている。ここで小便をした。小屋のすぐ横に簡単なトイレブースがありそこで持ってきた携帯トイレを使用してのようたしだ。小便をして粉をふりかけるとすぐに固まった。臭いはほとんどしない。これをザックに詰めて麓まで持ち帰らなければならない。これが利尻山の登山ルールだ。
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姫沼への分岐
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4合目 道しるべ 野鳥の森 
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利尻山登山ルール
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霧の晴れ間に海を見る
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トイレブース

明日(6月2日)はいよいよ利尻山登山だ。帰りは利尻富士温泉によろうと思って場所を確認した。入浴は大人500円だ。それからフェリー乗り場にある海鮮食堂に向かった。まだ5時30分にと言うのに閉まっている。あかりだけついているのでノックをすると店員が出てきてもう終了したと言う。なぜか聞くとフェリーが着いたけど客はいなかったからと言う。ここではフェリーのお客が来ないと自動的に閉店するらしい。グリーンヒルインで夕食をとり、リュックにアイゼンや携帯トイレなどの装備を入れ、午後10時に就寝した。
朝4時30分に私と女性1名が北麓野営場に車で送ってもらい、5時10分に登山を開始した。
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エゾカンゾウ
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利尻山頂上付近は見えていない
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甘露泉水 美味しい水100選に選ばれている
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さあ出発だ。北麓野営場 5時10分

利尻島はかなり早くから自家発電が入った。沓形では昭和25年に漁業組合が作っている。ニシン漁の為に大量の電気が要った。鬼脇・鴛泊の順で電気事業が推進された。今はうにの加工や昆布の加工、観光業に使われている。そして2050年を目指し、風力・太陽光で自給率100%を目指している。りっぷ館では縄文時代の土器や石器なども展示されている。樺太やソヴィエトの東北部にいたウィルタ族もこの利尻島で暮らしていた事が写真から分かる。私はグリーンヒルインでシーラと言うアメリカ人女性と夕食後に話し合った。(英語で会話)彼女は北見市の小学校で英語教師をしている。その彼女が北見には青い目をした人がいると言う。私はロシアと戦前交易があった事や横綱大鵬がサハリン生まれでロシア系の血が混じっていることを聞いていたのでそのような混血の人たちは敗戦後引き揚げて網走や北見に住んだのでそのような人たちに出会ったのだろうと答えた。今考えるとその人たちはオロッコ(アイヌ民族が使っていた蔑称)かもしれないと思う。
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レンタル自転車で島内巡り
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縄文時代の土器
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縄文時代の石器
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熊は絶滅したと言われていたが2018年に熊の足跡を発見
これは数十年前に熊を捕った時の写真
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オロッコ族 正式にはウィルター族 テントの形などはアメリカインディアンの
テントと類似する。

私は利尻山登山ともう一つ利尻に行きたかったのは日本の南極探検隊が連れて行った犬についてだ。犬係の北村隊員の書物に利尻から数頭参加しているのが書かれている。利尻で古老からその時の話を是非聞きたいと思ったからだ。私は利尻空港に6月1日1時について宿に荷物を置いた後すぐレンタサイクルで町の中を走った。お年寄りがいないかである。しかし利尻の町は車はびゅんびゅん走っているけど人は余り歩いていない。風が強すぎるのだ。鬼脇と言うところに郷土資料館はあるけど鴛泊から遠すぎる。幸いな事にカルチャーセンターりっぷ館と言うのがあり、入った。すると南極観測隊に関する記事があった。一部個々に載せる。
「犬と人の暮らし」
映画「南極物語」の題材ともなった樺太犬、当時道内に1000頭が生息していたと言われています。昭和31年11月第1次南極観測に参加した樺太犬は22頭、利尻からも6頭が選抜され、」越冬隊として観測に一役買いました。昭和33年2月第二次越冬隊は暑い氷に閉じ込められ、荒天のため、基地への上陸が阻まれ、」越冬も注視せざるを得ない状況の中、仕方なく15頭の樺太犬を残し基地を後にしました。翌年1月第三次越冬隊により奇跡的に生存が確認されたタロとジロは当時国内外から感動と賞賛を浴びた出来事でした。
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利尻空港
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温度に注目
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風には何種類も呼び名がある
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45年前まではランプの生活 その後もディーゼルの共同体での発電
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南極に選抜は験された樺太犬の物語 利尻の人たちが誇りにしている

私は2017年に桜井新春マラソン(奈良県)5Kmに出て以来、体力の衰えを感じ、それ以後マラソン大会に出ていない。このときなんと39分もかかってしまった。山登りも狭心症でこのところ1500m以上の山に登っていない。100名山完登もあきらめていた。しかし今年私の知り合いで76歳の方が完登目指して頑張っている事を聞き、私も再び100名山に挑戦する事にした。まだ登っていないのは最北と最南の山である。そこで今年は利尻山に行く事に決め、6月2日(日)に登頂した。ところで「白い恋人」と言うお菓子はわりと誰もが知っているチョコレート菓子だ。北海道に行ったお土産によく使われる。私は今回初めて知った。このお菓子の表紙の山の写真が利尻山だと。利尻に行くのに1月に航空券を予約しようとしたところ。全て満席でキャンセル待ちと言う状態だった。後で知った事だが、6月2日は利尻島マラソン大会がある。それでランナーたちは速く予約してしまっているのだ。5月中旬にやっと一席だけキャンセル待ちが出て私はすぐ予約した。それまでは稚内に飛んでフェリーで利尻島に行く事を考えていたがこれだと1日余分にかかってしまう宿泊代や食事など考えると新千歳から直行の方が便利だ。
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白い恋人 チョコレート菓子
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利尻島 ほぼ中央に利尻山がある。1721m