本日 93 人 - 昨日 79 人 - 累計 121190 人
RSS

金剛山登山

2018年05月02日
4月30日孫たち夫妻と金剛山に行きました。三国ヶ丘から309号線で富田林側から森屋を経て金剛登山口へ、途中千早城址を右に見て千早本道を約1時間40分かけ10時40分に頂上へ、頂上の少し手前は白い二輪草が満開又八重桜の金剛桜も満開でした。花びらは薄緑色です。孫たちは広場にあるブランコに乗るのが楽しかったらしく昼飯までブランコで遊ぶ。その後カップヌードルやどん兵衛のカップに入ったのを食べて元気を取り戻す。頂上は15度、気持ちがいい。カタクリが3輪咲いていた。帰りは来た道を下りる。途中ヤマガラやウグイスの声を聞く。麓で名物「山の豆腐」を買う。いつもは値段が高いので買わなかったが、おいしそうな臭いがしたのできぬごしと厚揚げを買う。帰って冷や奴で食べた。昔の味がしておいしい。宣伝文句に国産の大豆、瀬戸内のにがり、金剛の銘水を使う 手作りの豆腐とある。
DSCN7210二輪草が満開
DSCN7217山頂で記念撮影
DSCN7223金剛桜
DSCN7230カタクリ
DSCN7248山の豆腐 昔の味がしておいしい

のだふじめぐり

2018年04月29日
4月22日堺民俗会の例会で野田藤めぐりをした。私が担当したが今年は例年より10日から2週間早い見頃となった。15日に下見したときが一番良かったと思う。聖天通りから聖天さんへここでは無惨にもほとんど散りかけていた。続いて2つの公園を廻ったがここも散り掛け、昼食場所の阪神野田駅前のふじは散りかけていたがまだまだ見応えがあった。ここの藤は東側がピンク西側が紫である。そこから阪神電車高架下にある工具街を案内、南の立売堀と大阪を二分する工具街があり、今もこの界隈は建設や電気の工具を取り扱っている店が多い。この大開町に松下電器の創業地(1918年創業)があり、今は大開公園となっている。ここから江成公園・吉野小学校と見たがほとんど散っていた。春日神社(野田藤発祥の地)ユニライフ・下福島公園と廻った。途中皆さん飽きたら行けないと思い、クイズも用意した。皆さんも考えてね
1、藤がつく歌手又は女優3人あげよ
2、藤の花と言う力士はいた・いない
3、阪神タイガースの藤波投手は今何勝
4、フジの木は右巻き・左巻き?
DSCN7195阪神野田駅前 和服で
DSCN7193阪神野田駅前 写真を撮る人でいっぱいだった
DSCN7197下福島中学校のブラスバンド部の演奏が聴けた
すごく上手。最初の曲は007のテーマ曲だった

宣布観3

2018年04月28日
造幣局正門を出て、1号線を北にわたるとすぐに宣布観がある。ここは造幣局の接待所として建てられたもので明治4年トーマス・ウオートルズの設計になる。ヴェランダコロニアル様式の2階建て、完成の翌年に明治天皇が行幸し、宣布=貨幣 観は館の意味、天皇が命名した。明治天皇自身も3回も訪れている。その他後続や外国要人も多く迎え入れた。ここからアメニティーパークの建物群があり、帝国ホテルに繋がる。アメニティーパーク(OAP)の辺りで三菱金属(現三菱マテリアル)が、この辺りで貨幣にする銅を作っていた。OAPには三菱系の会社が集まって入っている。川沿いの遊歩道は帝国ホテル、森林管理局そして源八橋へと繋がっている。

藤田邸跡公園を出て銀橋の下をくぐると桜宮配水場があり、大阪市内に浄水を配水している。この地は昔から水が清く、江戸時代水を売り歩く商人がこの辺りで水を汲んだという。ここから銀橋・国道1号線に上がり、造幣局の北門そして西側に正門がある。造幣博物館は正門で名簿に書き込み、バッジを頂きそれをつけて中に入るようになっている。年中無休で開館時間は9:00〜16:45となっている。入館料は無料。今年の通り抜けは4月11日〜17日までだ。天満橋(南門)方面から北門に抜けるのを通常通り抜けと言っている。桜宮神社の由緒書によると「社地は淀川の清流に望み桜樹多く陽春美観を極め、且つ」東の方田園を隔てて遥かに生駒飯森諸峰の翠薫を見るを得べく、南方には豊公の遺跡「青湾」(湾の良水を太閤点茶の料となす)を祠前に推し、錦城又巍巍として樹木参差の間に聳え西北は澱江の清潭を狭み往古は泉布館・造幣局の敷地に壮麗なる権現社あり、・・・・・・」造幣局が建つ前から桜の名所だった事が伺える。
DSCN7084昔のお嬢さんたち
DSCN7095黄桜 咲き始めが薄黄緑色 満開になると薄いピンクか?
DSCN7093鎌足桜はまだつぼみでこれから間に合いそう
DSCN7090本日も着物姿で、少し寒い

4月6日ピースボート86回乗船者10名が集まって桜宮から花見をはじめた。ほぼ花も散り若葉ばかりが目立つ。川沿いに下るとすぐ左に桜宮神社が見えてくる。此処の神社は400年前は片町の近くにあったが、洪水で社殿流出し、中野村(現JR環状線桜宮駅直下に漂着した。そこでこの地に社殿を再興(還座)した。その後大阪城守護社として豊臣・徳川の尊崇を受けたとの事である。銀橋(桜宮橋)手前の藤田邸跡公園に入る、此処の桜も散ってしまい今はももの花が見頃であった。此処にはかなり大きな東屋があり、お弁当を広げられるし、きれいなトイレもある。銀橋の名前の由来の一説として満潮で上がってくる小さな波にゆらゆら揺れる夕陽が金波銀波のように見えたところからその様を見る橋として次第に言われるようになったとの事。
DSCN7074 雨 風で桜の花びらが飛ぶ 歩道は桜の花びらが敷き詰められたような面影だ
DSCN7075  藤田邸跡公園 池泉式回遊庭園風 京都とは違う風情
DSCN7077マンサクのようだがこのようなピンクのマンサクがあるのか知らない。マンサクはまず咲くから来ている
DSCN7078 桜の花と若葉 ソメイヨシノは花が咲いた後で葉が出る

<< 前の5件 | 次の5件 >>