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壱岐対馬へ(壱岐対馬を巡る万葉の旅)4

次に向かったのは遣新羅使雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)の墓だ。バスの中でM教授の解説があり、どんな墓なのか期待して行ったが、石がぽつんとあっただけで残念だった。壱岐の岩田野という場所の一番高いところに葬られたというだけの伝承だけがある。雪連宅満は天平9年(737)多数の死者を出した痘瘡(天然痘)が死因でないかと言われている。万葉集より、「壱岐島に至りて雪連宅満が忽ちに鬼病に遭いて死去せし時に作る歌一首」
天皇の 遠の朝廷と 韓国に 渡る我が背は 家人の 斎ひ待たねか 正身かも 過ちしけむ 秋さらば 帰りまさむと たらちねの 母に申して 時も過ぎ 月も
経ぬれば 今日か来む 明日かも来むと 家人は 待ち恋ふらむに 遠の国 いまだも着かず 大和をも 遠く離りて 岩が根の 荒き島根に 宿りする君
反歌2首
岩田野に 宿りする君 家人の いづらと我を 問はばいかに言はむ
世の中は 常かくのみと 別れぬる 君にやもとな 我が恋ひ行かむ
このあと岳の辻展望台(標高212、8m壱岐で最も高い)と狼煙台を巡る
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雪連宅満の墓と思われるところ
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岩田野の一番高いところに墓の案内があった
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岳の辻(たけのつじ)展望台
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狼煙台 昔オオカミの糞がのろしに良いとされた?
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