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火打山・妙高山・雨飾山・山田旅館2

7日夕食後明星荘の本棚に「妙高火山の考古学」小島正巳著 岩田書院があった。地質から民俗さらに歴史などなかなか面白く午後11時ごろまで読んでいたところ雨が降ってきた。嫌な感じだ。山男の話があり、赤髪裸身腰に草木の葉をつけ声は牛の如し、囲炉裏端に来て一緒に火に当たりながら黙々とご飯を食べて山に帰ったという。またアーネストサトウ(明治時代のイギリスの外交官)は妙高山に登った初めての外国人、蒋介石は日本の軍人になりたくて日本にきた。軍隊の学校を卒業すると高田陸軍13師団(新潟県)に入団明治13年6月14日のことで野砲19連隊で軍事訓練を受けていたが、しばらくして除隊し、帰国する。
8日朝5時に起床気温5度、5時30分朝食 6時明星荘を出発。かなりの雨だが木道で歩きやすく、体を冷やさないため、傘をさして歩く、6時45分登山口、火打山まで1/9の標識、7時50分黒沢橋2/9の標識、雨がきつい。9時十二曲がり傘をたたむ。10時大休止 下山者15名 10時30分モンベルの携帯トイレブースあり、11時55分高谷池ヒュッテ到着、宿泊手続き、おにぎりを食べる。雨が小降りになる。12時40分高谷池ヒュッテ出発 天狗の庭経由 13時38分雷鳥平 ここで雷鳥の声を聞く。10分探したが見当たらず、霧が濃くなる。下山者9人内七人は団体、14時29分火打山山頂に到着相変わらず霧が濃い、西に妙高山を見るがすぐ霧に閉ざされる。辺り一面ハイマツで覆われている。14時38分下山開始、40分ライチョウを見る。すぐカメラを出して撮影、16時10分高谷池ヒュッテ到着、高谷池ヒュッテの乾燥室は温風装置なし、寝床は一つおきに寝床があり、間は透明のビニールで仕切られていた。18時夕食カレーでお代わりあり、ヒュッテには三十人以上がいた。どこの学校か知らないが8名の団体で来ていた。ストーブは2台しかなく寒い。夕食後濡れたものを乾かす人たちがストーブの周りをかこんだ。昔山小屋は男が7〜8割ぐらい占めていたが、今は半々ぐらいだ。19時からヒュッテ主催のビデオ鑑賞があり、火打山の四季と高山植物が紹介された。印象に残ったのは火打山頂上からのスキーで滑降するシーンだ。火打山がなだらかな山なので気持ちよさそうに滑降していた。その後ストーブの周りに集まって談笑した。山に行くときに近くでいい宿があるか熱心にインターネットを見ると東京から来た二人組の女性は言っていた。よかったのはここでは「ロッジどろんこ」で駅まで迎えに来てくれて、温泉に入らしてもらい、今日は登山口まで送ってもらったという。それで10,000円かからないという。それから男体山に登るなら杉本館がお勧めと言っていた。20時消灯なので15分前にそれぞれが自分の部屋(個室もあり)や寝床に戻っていった。
PA080677火打山登山口
PA080680標識
PA080683ブナ林が優占種
PA08068712曲り急勾配だ
PA080705火打山頂上まで後半分だ。
PA080725高谷池ヒュッテ
画像火打山頂上
PA080754雷鳥 真ん中付近にいる

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