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キトラ古墳や高松塚古墳を巡る4終わり

高松塚古墳は発見から50年ということは1972年に発見されたということで昭和47年ということになる。当時新聞の一面を飾った大発見だった。凝灰岩の切石を用いて作られた石室は幅約1,03m,高さ1,13m、長さ2,65mのものである。漆塗りの木棺が安置され、漆喰を塗った壁面には極彩色の壁画が描かれている。東西両壁には日、月の像と青龍、白虎と男女の群像、北壁麺には玄武が描かれ、天井には星座を配している。西壁面北側の女子群像は見事な女子4人の群像が描かれている。縦縞模様の長いハカマ状のものをはき、両端の2人を前に描き、その間に2人を描き立体感を表している。向かって左端の人物は青色のサシバをかざし、3人目の赤い服の人物は先端の尖った如意を持つ。髪を束ねて後ろで結んでいる様子も繊細に描かれている。西壁面南側には男子の4人群像がある。こちらは女子像に比べて色彩が不鮮明で左から2人目の肩から黄色のやないばこをかけて鮮やかな緑色の衣服を着ている人物だけが目立つ。この描かれた女子の人物が誰なのか?有名な歴史家や松本清張氏、司馬遼太郎氏はともに朝鮮の貴婦人だとしている。さらに金達寿氏は扶余族(騎馬種族)だったとしている。「日本の中の朝鮮文化3』の207ページより

]IMG_0776高松塚古墳壁画館

IMG_0775案内板

IMG_0780女子人物像

IMG_0779パノラマに描かれている


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