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白浜から川湯温泉・熊野本宮大社6終わり

熊野詣ではご白河上皇に見られるように上皇・女院・貴族による参詣が取り上げられるが女性や身体障害者などの社会的弱者が神に救いを求める旅でもあった。「承久の乱」後上皇などの参詣が途絶え、貴族の参詣も衰退したが、鎌倉時代になると東国の武士たちの参詣が活発化し、室町時代には庶民の参詣が活発になる。江戸時代には伊勢参り、西国巡礼と連動した三山巡拝が行われるようになり、多くの人が熊野を訪れた。(北館展示資料より)

南館のお土産売り場で彼女たちはカゴいっぱいのお土産を買っていた。私は地域商品券が3000円だったが彼女らは5000円もあった。勘定を済ますと12時近くになっていたのですぐそばのうどん屋でめはり寿司付きのとろろそばを食べた。めはり寿司は五目ご飯を高菜で巻いたものだ。私は7年前に自転車旅行でここに来た時に初めてめはり寿司を食べたが、美味しかった記憶がある。そして熊野川に沿った160号線を降ったときも食堂でめはり寿司を注文した。元気がでて熊野速玉大社まで一気に降った記憶がある。昼食の後私は発心門王子に行くことにして彼女らと別れた。自転車旅行では行っていない熊野の一番奥にある王子である。「鳥居を潜ることで仏道に帰依しようとする心が芽生える」という意味から発心門と言い格式の高い五体王子の一つである。ただ時間が12時15分について23分に出発する。だから8分しかない。次の便は2時間30分後である。私は発心門王子についてすぐそばだと思っていたが、バス降りてから15分ぐらい歩くらしい。私は行くのをやめてきた時と同じバスに乗った。熊野本宮大社で彼女らは乗り込んできた。そしてまた富士屋旅館に戻った。ここから次のバスまでおよそ2時間30分あったので川の中にある露天風呂に入ることにした。彼女らは旅館から浴衣を借りた。そして浴衣を入れるプラスチックの大きめのバックもあって脱いだ衣類を入れるのに良かった。川向の「薬師の湯」は橋を渡って対岸にあった。簾がかけてあり、車が通る道路側からは見えないようになっていた。すぐに3m,四方の温泉に入ると熱かった。そこで少しでも温度が低い場所を探していたらいつの間にか体が慣れて首まで浸かれるようになっていた。おばちゃんたちは大喜びで温泉を楽しんでいた。私は30分ほど浸かってでたが、体が熱っていた。15時33分に富士屋旅館を発ち紀伊田辺駅に17時22分についた。それから湯浅の友人に駅でお土産を渡し家に22時ごろ帰った。

PB092384めはり寿司ととろろそば

PB092387発心門王子の休憩所

PB092394薬師の湯

PB092395薬師の湯 透き通るような湯

PB092398良い湯だな

PB092397良い湯だな

PB092401川の中に掘られた湯壺

PB102404お土産 鯨のハムが珍しい


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