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博物館網走監獄

2020年09月17日
網走監獄の鎖塚の紹介の後は囚人たちの1日の生活が展示されていた。これは現在のものであるが、6時40分起床、7時5分朝食、7時40分作業開始、11時40分昼食、12時20分作業開始、16時20分作業終了、17時夕食、18時余暇時間 21時就寝作業には農作業、木工作業、金属加工作業、樹木の伐採や、部外講師による靴やカバンなどの縫製もあった。監獄は扇の形に配列された獄舎から成り立っている。海外でもこれに似た極者がある。展示の中に珍しい入浴風景があった。阿部譲治の「塀の中の懲りない面々」という小説そして映画があったのをご存知の方も多いと思うが、入浴は脱衣から入浴着衣まで15分でしなければならなかった。だから流れ作業のような形で掛かり湯、体を洗う、頭を洗う、浴槽で体を温める、脱衣所で素早く着衣、まさに烏の行水であった。網走監獄の特徴として五翼放射状案ごくがる。これはベルギーのルーヴァン監獄をモデルに明治45年から昭和59年まで使われていたもので
木造舎房としては世界最古の建造物である。この舎房の斜めのブラインドは廊下から各牢が見えるが、牢からは廊下の一部が見えるだけで向かいの牢は見えない構造になっている。また五よくになっているので中央に監視所を設ければ一か所の監視所で全てを見渡せたと同時に警備人員が少人数で足りるという優れた面も持っていた。
画像 扉と鉄格子この鉄格子を数年かけて錆びさせ、脱走した囚人もいる
P8210483 五翼
P8210480 廊下と舎房
P8210482 扉とのぞき穴 中からは操作できない
P8210485 入浴風景
P8210489 懲罰房の鉄格子鉄講師のしtsも煉瓦やコンクリートで固められている
P8210493 教誨堂 教誨師が来て説教などする。時には歌手などの慰問もあった。

曜日朝顔は8月、9月初旬までぐったりして一日5〜6輪しか花を咲かせなかったけれど12日から毎日15輪も花を咲かせている。うどん粉病は相変わらず葉を枯らしているが、そんなことにめげず、朝になると15輪が花を咲かし、あまり気温が上がらない日は昼までしっかりと咲いていてくれる。花から元気をもらっている。
画像

網走〜女満別空港

2020年09月15日
ホテルサンアバシリ の部屋で不思議に思ったのが、扇風機が置いてあることだった。斜里岳から降りてきたので体に幾分熱が溜まっている。クーラーをかけようと思った時に気付いたのだが、クーラーがなくて扇風機なのだ。テレビの天気予報によると明日は最高気温が26度最低が21度となっていた。クーラーが要らないのもわかる。翌21日バスで博物館網走監獄へ行った。天都山のバス停から歩いて10分の所にある。昭和57年から順次施設の更新が行われることになり、施設の保存を望む声が起こる。昭和58年天都山に移築が始まる。昭和58年7月(1993)に開館した。網走刑務所の表門は網走市有形文化財の第1号に指定されている。明治23年ロシアの脅威、北海道東部開拓の拠点として網走が選ばれ、その新拠点中央道路開拓の起点となった。網走の元の姿は小さな漁村であった。中央道路開拓のため、重罪人が日本各地から集められ、鎖に繋がれ道路開削工事に従事した。この労働は過酷を極めた工事の途中に死んだものはそのまま道の傍に埋められた。これを鎖塚という。また今の国道39号線は明治期には囚人道路とも呼ばれていた。この工事期間に網走分監の1115名の出役囚のうち212名が死亡した。  
P8210463網走監獄旧表門
P8210464大井上 輝前釧路集治監典獄
P8210465五右衛門風呂 昭和40年代までありました。私の家も五右衛門風呂でした
P8210467昔の井戸私の家にも昭和30年まであった。
P8210470農園で使われた農機具
P8210471味噌や醤油も作られていた。 自給自足
P8210472網走番外地シリーズのポスター 主演高倉健
画像農作業風景 馬が活用された

清岳荘から網走へ

2020年09月13日
本日はオリックスレンタカーに車を返す日になっている。19時までに清里から女満別まで帰れるかどうか心配だった。女満別店に電話すると約1時間半で帰れるだろうと言う。17時10分に清岳荘を出発した。特に足に疲労が来ていないのとアクセルだけで車を走らせることができるので楽だ。途中眠気覚しと気分転換にコーヒーとコーラを買った。ナビで車を走らせる。途中いろいろな街を通り過ぎるが渋滞はない。18時を過ぎた時に女満別の標識が現れた。あと約25kmだ。女満別店のそばのガソリンスタンドで満タンにして返す。260km走った。ガソリンは14Lで1876円リッター当たり約19km走ったことになる。山道・地道を走ってこの燃費はお得だった。女満別空港まで送ってもらったが網走行きのバスは出たところだった。19時50分発のバスに乗り網走に着き、すぐにホテルサンアバシリに荷物を下ろす。夕食に冷たいそうめんか、ひたしうどん、冷やし中華が欲しいところだった。しかし網走の駅前付近にはパスタの店しかない。仕方なくコンビニの冷やしうどんにした。網走の駅にピョンチャンオリンピックで活躍した選手五人の看板があった。人気者になっている。

P8200455ダケカンバの林 麓付近
P8200452ミヤママタタビ
P8210458ホテルサンアバシリ
P8200457北見のカーリングチーム

斜里岳頂上に着く少し前の風景を紹介すると馬の背からすぐに胸突八丁にかかる。両側はハイマツ帯だ。ガスの中に斜里神社が現れ程なくして頂上なのだ。ガスがかかって視界は3mから5mだ。ただ道ははっきりしているし、標識も注意していれば必ずある。上二股で下山どうに新道を通ることを勧めているガイドブックもあるが、この濃い霧の中知らない道は通れない。万丈の滝まで降りたときやっと余裕が出てきた。ここまで3回転んだ。雨で水嵩が増し、一回はまともに水の中に膝まで浸かってしまった。行きに渡れた所の石が水没して水の中の石が浮き石なのだ。それと15時なのに霧で暗い。谷筋だからしかたないけれど。15時45分清岳荘跡に到着。ここまでくればもう登山口は近くだ。植物の写真を撮っていなかったので、取り始める。16時53分清岳荘到着ご苦労様でした。
P8200434胸突八丁
P8200435馬の背
P8200436ハイマツ帯
P8200437斜里神社
画像斜里岳頂上に着く
P8200442ガスだ。視界が効かない
P8200449ダイツリオウギ?
P8200450オオバタケシマラン?

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