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今年は順調に年が越せるようだ。去年は年末に北野病院に入院していたので、大掃除や年末の整理ごとができなかった。今年は忘年会もなく、会議もオンラインで家にいることも多かった。その分プチ農園での農作業が捗った。年末の大掃除や年賀状の作成は少し早めにやり始めた。11月29日(日)にクリスマスイルミネーション・リースの飾り付け、網戸洗いを1階と2階の半分を済ませた。一部網戸を外したところにカーテンを付けた。12月6日(日)は年賀状の裏面の写真を選び出しコンピュータ画面に載せた。13日(日)は網戸洗いを2階の半分と3階をした。風呂洗い(浴室部分も)17日(木)年賀状住所面印刷完了。空手教室の最終練習日練習生に手作りマスク14枚プレゼントする。20日(日)年賀状裏面印刷終了。22日(火)網戸貼り替え5枚24日(木)民俗会や保全協会、考古学の資料ファイリング終了。クリスマスイブはシクラメンの花を買って「恋人はサンタクロース』を聴く。26日(土)クリスマスイルミネーション・リースの後片付け。27日(日)は窓拭きをして全て終了だ。28日から正月3が日は本を読もうと思っている。
DSCN9367 美原歴史博物館にあったアマビエ
DSCN9374服地のとらや 12月20日に閉店残念です。
IMG_9377ダイソンの温風暖房機
IMG_9379シクラメンの花
IMG_9381今年新たにクリスマスリースに飾られた人形

プチ農園は今大根やキャベツが大きく育ってきています。キャベツは2個白菜は1個ですが大根は30本ぐらいあります。レタスやチンゲンサイも順調です。
クリスマスの飾りは昨年とほぼ同じですが、イルミネーションが一基壊れました。電球が一個破損しただけなのですが、直列なのでしょうか全部ダメになりました。梯子サンタは梯子を作り替えました。
IMG_0133ブロッコリー
IMG_0134キャベツ
IMG_0136大根
IMG_0137大根大きく育ってきました
IMG_0130クリスマスイルミネーション
IMG_0126クリスマスリースと雪だるま
IMG_0180クリスマスリース2階
IMG_0182梯子サンタクロース
IMG_0179クリスマスリース門の扉に
IMG_0181玄関の扉周りにベル型のイルミネーション

写真おみの紹介
IMG_0048右手に富士山を見る
IMG_0058右手に富士山を見ながら歩く
IMG_0064七ツ石神社
IMG_0070紫久保平将門迷走ルート
IMG_0084七ツ石小屋
IMG_0092鴨沢から見る山の風景
IMG_0093鴨沢のバス停

雲取山荘に天皇陛下は3回も来ている。山荘の人や登山者と一緒に撮った写真があり、1回目は学習院の高校時代。2回目は平成十年ごろか、お一人で、3回目は妃殿下とともに平成十六年にこられている。陛下はクライマーだ。百名山以外の私たちの知らない山にも足を伸ばしている。例えば弥山など、雲取山荘は暖かくぐっすり眠れた。16日は5時20分起床、6℃朝食はカロリーメイトとベーコンだ。6時15分出発この時ちょうどご来光が崇めたので出発が10分遅くなる。7時05分雲取山頂上(2017m)に到着、頂上に避難小屋があって、10畳ぐらいの大きさだった。8時17分雲取山ヘリポート到着右手に富士山がきれいに見える。鴨沢口からの登山客に多く出会う。最近は三峰口より鴨沢からの登山客がふえたともきいた。富士を見ながら尾根を歩くのは気持ちいい。9時05分七ツ石山通過、歳を召された山ガールと追い越し追い越されしながら山を降る。何が嬉しいのか山ガールはキャーキャー言いながら降りていく。降りる途中で何度も東京都水道局の看板を見た。ここが東京の水源地の森なのだ。木々が繁って陽が刺さない暗い道を降りていく。10時10分堂所通過、昔、平将門が通ったと言う伝説の道だ。バスの時間に間に合わすためにかなり急いでおりた。11時20分登山口につく。ここから鴨沢まで近いと思って歩いているとバードウオッチングしている人がそっちへ行ったら行き止まりですよと言う。慌てて地図を見ると、どうやら道を間違えたみたいだ。約1時間かかって鴨沢に12時10分についた。次のバスは13時53分だ。私の後から15人ぐらい降りてきた。その人たちに奥多摩までタクシーを利用しようと声かけたが誰も応じなかった。タクシーで奥多摩駅まで約4000円だから4人乗ったら一人1000円だ。バスは650円だけど速さが違う。結局1時間40分ほどバス待ちした。昼は奥多摩駅前で食べるつもりだったが、非常食に持ってきていたアルファ米とコンビーフを食べた。これで今年に行くの山の全てが終了する。よく頑張ったなーと思う。3月の屋久島の宮之浦岳を皮切りに荒島岳、つるぎ山、羅臼岳、斜里岳、木曽駒ヶ岳、空木岳、火打山、妙高山、雨飾山、御嶽山、両神山、雲取山と13峰、荒島だけは電車の時間に間に合うようにしたため途中までだ、空木岳は台風接近で断念した。雨飾山は大雨で雨飾高原までだ。10峰は完登した。来年もこの健康というか体力が維持できることを願う。
IMG_0017テントの明かりが見える
IMG_0021天皇陛下は雲取山に3回登られている。
IMG_0023雲取山荘 部屋の中央に炬燵があった。
IMG_0030雲取山荘 記念撮影
IMG_0031雲取山荘から ご来光が崇めた
IMG_0040雲取山頂上2017m
IMG_0043雲取山頂上避難小屋

15日(日)朝6時起床雲取山登山口の三峰神社へ行くバスは西武秩父駅から出ているがこのバスは8時30分が始発だ。もう1時間早く出て欲しい物だ。雲取山荘へ行くのに時間がかかるからだ。私の足では早くて4時30分ごろ到着だ。8時10分にバス乗り場に到着した時にはもう30人ほどが並んでいた。すぐに100人ほどの列になった。その中に昨日カムスティ雅でエレベーターで一緒になったアメリカ人の女性がいた。彼女はこの列が三峰神社に行く列か確かめにきた。英語で会話してこの列が正しいことを伝えると喜んでいた。バスは三峰神社参拝客の為、一台だけでなく数台出るそうだ。私は運良く最初のバスに乗れた。バスは9時45分三峰神社の手前500mで渋滞に捕まった。ノロノロ走る。5分ほどして運転手が「ここから400mで三峰神社です。渋滞が続きますので急ぐ方はここで降りて歩いてください。」と言う。みんな降りるので私も降りた。バス停のそばの三峰ビジターセンターでどんな鳥や動物たちがいるのか見て雲取山荘目指して歩き出す。三峰とは東方に雲取山・白岩山・妙法が岳の3つの峰が連なることから名付けられた。10時三峰神社発11時小休止、かなりの人が登って行った。途中奥宮のところでかなりに人が奥宮へいった。12時小休止、その後地蔵峠がすぐあり、ついで秩父宮殿下のレリーフがあった。最初は殿下だけだったものがその後妃殿下もその横に掘られたと描かれていた。前白岩の肩14時小休止。30分ほど遅れている。ここで三峰神社に降りていく青年に出会う。「雲取山荘に行くには少し遅くなるのではないか」と言われる。確かにその通りなのだ。すぐに歩き出す。少ししてさっきの青年が戻ってきて「遅れそうだから雲取山荘に電話してあげよう」と言う。お願いして電話をかけてもらった。本当にありがたいことだ。15時白岩小屋、この小屋はもうかなり前に潰れたのだろうか。15時30分芋の木ドッケ、16時30分大ダワかなり暗くなる。17時多分雲取山荘の手前にいるのだろうと思うけれど、暗くて全く周りがわからない。懐中電灯を出して雲取山荘に電話してみるが全くかからない。しかし道はしっかりしているので歩く。程なくして灯りが見える。テントの灯りだった。幕営地を通り過ぎるとすぐ山荘だった。17時15分雲取山荘到着。一泊夕食で8500円支払うと304号室に案内された。部屋には先に石田さんと言う60歳の男性がコタツに入っていた。8畳ぐらいの部屋の真ん中にコタツがあり、両脇に私たち二人は寝た。彼は愛媛県の大洲の隣の内子の出身だった。私は会社員の一年目に松山転勤で松山に一年近くいたので話があった。「おはなはん」の話、面河渓に行った話や、八幡浜に行った話など。消灯時間8時30分を過ぎても話していた。
IMG_9921三峰神社参道 人がごった返すほど参拝客が多い
IMG_9918三峰ビジターセンター シカやクマ・日光ムササビ・キクガシラコウモリ
IMG_9977前白岩の肩
IMG_9959秩父宮殿下・妃殿下
IMG_9979前白岩山
IMG_9984白岩小屋 潰れている
画像芋の木ドッケ
IMG_9999鹿

長瀞から上長瀞までは700mの距離だったので歩くことにした。左手に荒川の流れと紅葉を鑑賞しつつ、また石灰岩地質ゆえの岩畳や赤壁、虎岩などの奇岩を楽しみながら埼玉県立自然博物館についた。前回でも紹介したように埼玉県民の日で博物館は入場無料となっていました。三密を避けるために入場制限が設けられており、30分待ちました。館内に入ると3億年に及ぶ、埼玉の大地の成り立ちを解説していました。秩父山地の岩石は古生代石炭紀〜三畳紀(約3〜2億年前)に大洋でできた物で、放散虫の死骸などはチャートに、火山島を造った溶岩や火山灰は緑色岩に、サンゴなどの生物の死骸は石灰岩になったということでした。この秩父・長瀞地域は日本の地質学発祥の地とも呼ばれています。他にカルカロドン メガロドンという今から200万年前〜二千五百年前に世界の海に栄えた巨大な肉食ザメの顎の展示(高さ1,8m;約1,6m奥行1,3m)もあり、推定体長12mと言われています。見物を終えての出口で長瀞自然史マップを300円で買い求めました。この後上長瀞の駅から最後の見学地和銅遺跡に向かいました。この遺跡は和銅黒谷駅で降りて山手に向かって20分歩いたところにあります。案内標識に従って歩いていくと数人の男女が前を歩いていました。振り返るとわたしが登ってきた道と違う方角から数人登ってきました。どうやら聖神社からの道が本来の道だったようです。和銅遺跡のところには大きな和銅開宝のモニュメントがあり、恋人同士?がお金を和銅開宝の真ん中に開いた正方形の穴にさい銭を投げ入れていました。聞いてみるとお金を投げてそのお金をモニュメントの裏側で拾い、そばの川でその金を洗い、聖神社に持って行き、さい銭として納めるとお金持ちになるそうです。私も100円玉を投げ入れ、言われた通りにしました。ところで和銅はニギアカガネと呼び、ニギは純で混じり気がない。アカガネは銅「混じり気のない精錬の必要がない自然銅」になります。續日本書紀巻四には次のように描かれています。
「和銅元年春正月乙巳、武蔵國秩父郡和銅を献ず。詔して曰く、『・・・東方武蔵國に自然に作成る和銅出たりと奏して献れリ」と、故慶雲五年を改めて和銅元年として御世の年号と定め賜う・・・・と聖神社を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。和銅黒谷から御花畑へに戻りそこから少し歩いて西武秩父駅構内にある祭りの湯の秩父ワラジカツ丼亭にてワラジカツ丼をいただいた。並はワラジのように大きなとんかつが2枚入って970円だった。結構満腹になる。この後カムフォートステイ雅に戻り、雅にあるコインランドリーで今までの汚れた衣服を洗濯乾燥して寝た。
IMG_9844宝登山神社で記念撮影
画像蚕のまゆ 秩父銘仙館で
IMG_9869埼玉県立自然博物館まえで入場を待つ人々
IMG_9873化石の展示
IMG_9883どんぐりの展示 関西には少ないブナ・イヌブナ・ミズナラなど
IMG_9891石灰石の運搬車
IMG_9900和銅開宝のモニュメント直径が7mぐらい
画像ワラジカツ丼 とんかつが2枚入っている