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おばあちゃんが退院して一週間が経った。木曜日は午前中に移動風呂が来て、その後すぐにお医者さんの回診があった。血圧や脈拍、血中酸素濃度など測った。すべて94歳という年齢では正常だった。お医者さんがいうには介護は家族または親族での介護が一番良いという。介護施設では精神的な部分は解決されないので、やはり家にいるのが一番安心できるところだという。おばあちゃんの寝姿を見ると口をバカッと開けて全く天国か地獄にすでにいるような姿で寝ている。椅子は簡易トイレにもなるものでこれで小便をする。トイレは近い。今日は女房におばあちゃんの小便の処理を教えてもらった。ほんの30ccぐらいしか出ていない。トイレバケツに水を入れ一回流し、さらに綺麗な水で一回流して元の場所に収納するという作業だ。女房に用事がある時私もできるようにと。カーテンは重宝している。おばあちゃんと言っても女であることを意識している。今日部屋に換気扇をつける見積もりが出て来た。換気口は小さいのがあるが、食と排泄が一緒の部屋なので強力な換気が必要だろう。また部屋がおばあちゃん臭くなるのもよくないのでつけることにした。

P9250292おばあちゃんの寝姿

P9250293簡易トイレ

P9250294カーテン 私がつけました」


私の義母(女房の母)が17日に退院してきました。1月に骨折で清恵会病院に入院し、リハビリなど一通り終え、元気になって退院です。今は94歳と6ヶ月になりました。入院している間に戻ってきたら3階の部屋から2階の部屋に移すのにベットや家具・ポータブルトイレなど下ろしてきて配置、トイレの時はプライバシーも考えてカーテンなどで見えなくしました。2階に家族が住んでいるので何かあったら誰か気づいておばあちゃんのところに行けるようになりました。入院する前に100歳まで生きたいと言ってましたが、現実味を帯びてきました。80歳手前で我が家に来てはや15年です。この時は下半身が不随でしたが手術で治りました。その後84歳で心臓の手術をし、これも治ったというか、今以上悪くならないという状態で退院。88際の米寿のお祝いに二十人来てもらって祝った時にはもうこれで充分だ。と言ってました。生きる意欲が大きくなったのでしょうか。今は病院で冷房が効いていたのか暑い暑いと言ってます。

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秋の植え付け

2021年09月09日

今年はきゅうり・トマト・ミニトマトは大豊作でした。茄子は病気にかかり、9月から全く収穫できませんでした。きゅうり・トマトは枯れた茎の後始末をした後、二週間前に苦土石灰を撒き、大根が育ちやすいように畑を20センチ深く耕し石など排除して一部は牛糞を堆肥に、もう一部は鶏糞を堆肥にしました。そして鶏糞を堆肥にした方に野口氏から分けてもらったワケギを植えました。昨年大根はよくできましたが長さが30cmを超えることはありませんでした。にんじんもひょろひょろしたものしかできませんでした。これは多分深く耕さなかったのではと思い、汗をびっしょり描きながら今年は深く耕しました。どのような成果が出るか楽しみです。

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朝6時15分雨太郎兵衛小屋を出発、今日もお茶を買った。7時10分小休止、上から山ガールが降りてきた。私を見てこれから先もっと風と雨がひどいという。ハイハイと素直に聞く。8時30分薬師山荘到着ここまでかなりの雨だった。靴下を脱いでいるものや手袋を絞っている女性もいる。9時10分肩の部分に到着雨が小降りに、頂上が見えている。ピッチを上げる9時30分晴れてきて富山湾が見える。肩からトラバースする形で頂上まで一気に登る。9時55分到着。晴だ。長城には小さな神社があり、仏様たちが祀られていた。賽銭百円で下山の無事を祈る。神社の横に鐘があったので石で叩いて鳴らす。爽快な気分だ。途中薬師平で愛知大学の遭難碑を探したが見つからなかった。この後5分して男性が登ってきた。お互いの写真のとり、晴れたことを喜び合う。頂上で友達に電話をして登頂を知らせる。いい気分だ。10時10分下山開始。すると晴れたとみえ、かなりの登山者が登ってくる。薬師岳山荘に着くまでに二十人は登ってきただろう。12時20分テント場着、ここのテント場は山からの水を引いている水道があり、おまけに綺麗なトイレもあった。12時55分太郎兵衛小屋到着。コンビーフとカロリーメイトの昼食、お茶を買って、13時30分太郎兵衛小屋出発。ここから折立登山口まで必死に歩いた。レンタカーの返却が18時だったので16時30分におりたかった。折立登山口には16時40分に到着。コースタイムより、20分早かった。ここからカーナビでレンタカー店へ行くのであるが、カーナビがフロントガラスすぐの台から外れて下に落ちていた。そもそもカーナビが単車につけるような小さいものであとづけだから吸盤が乾燥して外れたのだろう。吸盤がうまくくっつかないので助手席に置いて走る。それとカーナビが間違えてもうまく修正できないのだ。途中で再度目的地を入れ直して出発。なんとか18時13分にレンタカー会社に到着し、無事にその日のうちに家に戻れた。今までレンタカーでこんなカーナビはなかった。

IMG_9851頂上で記念撮影

IMG_9849頂上の薬師神社

IMG_9865頂上へ続く尾根道


太郎兵衛小屋の夕食はとんかつが出た。それもパリッと歯応えがあるとんかつだ。隣に私より歳とった人がいたので年齢を聞くと82歳だという。今日は朝5時出発で黒部五郎に行ってきたと、なるほどやはりこの年齢になるとそれぐらいに出発しないといけないのだ。100名山を目指していてこれで87山登ったという。年齢を早く追い越したかったそうだ。でも後の山は困難な山ばかり残っているという。82歳にしては顔の色艶がよく、体から元気が出ている。いろいろお話を聞かせてもらった。奥さんが若い。このお二人なら100名山は十分達せられそうだ。今日は自炊室でビールを飲もうと思っていたが自炊室はストーブが入ってなかったのでやめた。持ってきているウイスキーを水割りで飲む。小屋の水は冷たくて水割りが美味しい。ベーコンをあてに飲んでいると向かいの登山者がどちらからこられたか聞いてきた。堺だと言うと彼は高校まで須磨にいたと言うので高校なら私は鳴尾高校で、兵庫県ですと。彼はその後東京の大学に行き、東京で就職し、東京の住人になったと、彼は旅行それも海外旅行が好きで、120か国行ったと言う。私はその半分だと言うと。どんな旅か聞いてきたのでピースボートの旅と自分で計画して旅したと、彼は主にパック旅行で7日から10日間ぐらいの旅だった。私は自分で計画した旅で印象深かったアウシュビッツや、カンボジア地雷ツアーなどの話をした。そして義母の介護に目処が立った64歳から始めたと言った。彼は65歳。そこで彼にちょっと英会話を勉強して自分で旅することを勧めた。まだまだ話したかったが消灯時間が迫ってきたのでやめた。明日はいよいよ薬師岳だ。

P8200140中の俣乗り越し

P8200179夕食にとんかつが出た。

P8200180食堂の混雑風景

P8200176中部国立公園の看板

P8200178太郎兵衛小屋



太郎兵衛小屋は登山客でいっぱいだった。私は臨時の夕食(夕食は5時から1時間

)を缶ビールを飲みながら食べた。ビールは七百円ちょっと高かったが自分へのご褒美に飲んだ。寝床はトイレに近い場所で助かった。シュラフかインナーシーツ持参だったので私はインナーと寒かったらと思いカイロを用意した。しかし夜は寒くなくよく寝れてた。朝は5時から朝食が開始され、すでに三十人ぐらいが行列を作り並んだ順番に支給された。お茶は水筒1本二百円だった。私のテルモスは497ccだからちょと損だ。他の登山客は1リットルの水筒だった。黒部五郎への出発は6時20分雨。最初はだらだらと湿原を歩き、やがて北の俣岳が見える頃晴れてきた。8時40分北の俣岳頂上到着。赤木岳到着10時10分晴れてきたのに双眼鏡をサブザックに入れるのを忘れてきた、残念。10時40分夫婦連れの登山客と会う。黒部五郎に登ってきたという。どれくらいかかるか聞くとここからちょうど1時間30分だという。昼食と帰りの道程を計算すると午後6時ごろになる。私のいる場所は中の俣乗り越しを超えてい1つ目の丘だった。昼から天気は悪くなる予報だ。私は考えた末諦めることにした。雨や風と言っても半端じゃない降り方をするし、明日は薬師岳でこちらが本命だからだ。中の俣乗り越しまで引き返し昼食にする。晴れているのでレインコートを脱ぎ、スパッツにする。11時30分出発、12時20分小休止したところに苺がなっていた。食べてみる、硬くて味も甘くない。12時50分赤木岳通過。13時30分より雨、14時さらに雨がキツくなったので再びレインコートを着用。14時30分北の俣岳通過、15時20分太郎兵衛小屋が見える、雨が少し小降りになる。ここから高層湿原なので写真を多く撮る。太郎兵衛小屋到着は16時25分だった。太郎兵衛小屋が見えてから時間がかかった。17時の夕食まで乾燥室で濡れたレインコート・登山靴・帽子・手袋を乾燥させる。

P8190103太郎兵衛小屋の自炊室

P8200174高層湿原木道が整備されていて歩きやすい

P8200107北の俣岳

P8200129薬師岳方面を見る

P8200123赤木岳

P8200146イチゴがなっていた

P8200157フデリンドウ

P8200163リンドウ




8月19日から表記の山へ行く計画を立てた。以前から薬師岳は登ってみたい山の一つだった。昭和38年の豪雪の時に愛知大学山岳部員十三人が道に迷い遭難死亡した事件があった山だ。折立の登山口は富山駅から1日3便しか出ていないそれも午前中だ。バスで行くなら大阪からだと前日1泊しなければならず、レンタカーで行けば一泊減らせることがわかった。有峰口からは有料道路になっていて乗用車だと1900円かかる。有峰湖を越して少し行くと何か黒い動物が動いていた。通り過ごしてクマだろうと確認しようとして車を降りそうになってクマだったら大変なことになると気づき、バックミラーに映る熊の姿を見た。写真を撮りたがったがやめてまた走った。折口の駐車場に車を置いて登山口に向かった。するとすぐに愛知大学の十三人の遭難碑が立っていた。冥福を祈り合掌する。時折パラパラする雨の中を登る。だらだら長い上りが続く。登山地図には太郎平小屋まで5時間だ。4時ごろ急に風や雨が強くなてきた。登るピッチが遅くなり、朝早かった疲れが出てきた。6時を過ぎてもまだつかない。6時30分になった時に山道の上の方から誰かが降りてくる。そして「山岳救助隊のものだが、山小屋に到着する予定の人がまだ来ていないということ」で降りてきたと。それから30分彼のペースについていくのにどれだけシンドかったことか。7時に太郎兵衛小屋についた。

画像富山駅前 駅前が開発されている。

P8190071折立ここまでバス便がある。

P8190077愛知大学遭難碑 13重塔

P8190079紫陽花

P8190085登山路

P8190092なんだろう ヘリコプターの標識か

P8190095標識まだ太郎兵衛小屋は遠い

P8190099もうほとんど暮れかかっている遠くに富山湾が見える




帰りは上富良野から富良野・滝川と回り札幌についた。富良野で1時間の電車待ちの時間があったので駅周辺をぶらぶらしたが、ここは一軒ホテルがあったのみで駅前通りとか商店街など全くない。有名な脚本家が住んでいることやハーブの街と喧伝されているにしては殺風景な町だった。富良野駅のホームには北海道のヘソであるという展示があり、大体北海道の真ん中に位置しているらしい。富良野から鈍行で3時間かけて札幌についた。パークシティ札幌は札幌駅から5分という場所にあった。フロントで大きな部屋が空いてましたのでそちらを使っていただきます。料金はそのままですと言われ、部屋にいくとベットが2台入るほどの部屋だった。ここで登山で汚れたものや汗をかいたもの全て洗濯した。登山の最後はビジネスホテルに泊まることも度々ある。その時は必ず洗濯だ。次のhは札幌の旧の市庁舎見学とクラーク像を見に行った。北海道大学は札幌駅から5分の近距離にある。この日は北海道大学博物館を見たかったのだが、2日の月曜日は休肝日で残念ながら見られなかった。生協は営業していて農場で取れたものを加工したものや乳製品が新鮮だったので少しお土産に買って帰った。

P8010010ラッセル車

画像富良野駅 北海道のヘソ

P8020020パークsティホテルの部屋

P8020022札幌旧市庁舎

P8020042クラーク像

P8020047北海道大学博物館


上富良野駅でタクシー会社に電話して乗合のタクシーを頼んだが、こちらには今そう言う客がいないので普通にタクシーに乗ってくれと言われる。しかしそうは言っても今回は予算に入れてない。まさか列車が2本も運休するとは考えても見なかった。そこで安くしてくれなきゃ乗らないと言うと、いくらならいいか聞いてくる。普通なら7000円を超えると言うので5000円だったら払うと言うとすぐにタクシーがきた。30分で白銀荘に到着。車中運転手と話をしていると、その人はここの町営バスの運転手をしていたと言う。バスの運転手をしているときにいつもクマが出るところがあると言う。どんなところか聞くと湧水が出ているところだと言う。なぜか、この辺りの山は火山で川は硫黄を含んだ水が流れているのでクマは絶対に飲まないのだと言う。納得する。白銀荘もお風呂は温泉でゆっくり浸かる。体重を測るとなんと60kgを割っていた。暑くて食欲がないのだ。8月1日早朝5時40分白銀荘を出る。7時25分十勝岳避難小屋着。ここまでは比較的ゆるい登りで林の中を歩いている気分だ。避難小屋からは遮るものがないので風がすごい。8時30分小休止。風がキツく飛ばされそうだ。風は時折硫黄の匂いも運んでくる。風と霧がすごい。3m先も見えない霧そして雨がレインコートを叩く。9時30分下山者が増え始める。10時に昭和噴火口あとにきたが、ここで下山することにする。昨日の天気はなんだったのか。先に登っていた高校山岳部の連中も降りてきた。11時40分白銀荘への分岐の標識で休憩。12時10分川を渡渉、ここでこの川に硫黄が含まれているか試してみる。多分不味かったら硫黄が含まれているんだろうと推測して手で掬って飲んでみた。まずい。これならこの付近でクマに会うことはないだろうと勝手に推測。12時40分白銀荘に到着。再入館料を払って風呂に入り汗を流す。食欲なくソフトクリームを食べる。13時51分白銀荘を立ち、札幌に向かう。天気が明日良くなる予報が出ていれば、もう一泊するのだが、明日は今日よりひどい予報だ。

P7319972白銀荘の炊事施設

P8019975十勝岳登山口

P8019979エゾリンドウ

P8019983白銀層と十勝岳展望台の分岐

P8019987十勝岳避難小屋

P8019994昭和噴火口へ向かう途中

P8019997分岐



大雪山登山の途中はちょっと省いてしまったが、詳しく書くとロープウェイ頂上駅より登山客は二つのグループに分けられる。頂上を目指すグループと頂上から姿見の池を散策するグループだ。山の影になる部分や沢沿いに雪渓が多く見られるのも北海道ならではの特徴だ。7合目から上はほとんど植物が生えていない。たまに大きな岩の影に小さな植物がある。岩がゴロゴロしているわけでないのであまり足に負担をかけずに登れる。ざらざらした登りがずっと続くがあまり疲労を感じるほどでもない。時々硫黄の匂いが鼻をかすめる。頂上にたつと視界がグッと開ける。親切な女性がトムラウシや十勝岳を教えてくれる。十勝岳は噴煙を上げているのですぐにわかる。頂上より下りは少し飛ばし気味に降りる。姿見の池に着いたのは10時、ロープウェイ頂上駅は10時32分で40分の便に乗れた。11時30分の旭岳発のバスに悠々間に合った。13時に旭川着。街中は33.6度と暑い。冷やしうどんとお茶を買い、駅の待合室で食べるが冷房が効いてないのかそれとも暑すぎるのか、汗がたらたら出る。

列車は13時45分発だったが、駅のアナウンスがあり、レール温度上昇のため運休という。次の14時33分まで待つ。すると次に便もレール温度上昇のため運休という。待合室にいる地元の人たちは平然としている。自分だけ「なんでやねん」地団駄をふんでいる。15時33分の列車は運休と言っていない。この列車でなんとか上富良野発16時31分の町営バスに乗れるのだ。15時33分発の列車は8分遅れで到着した。でもまだ間に合う。富良野線はジーゼルで単線だ。乗っているとアナウンスがあり、レール温度上昇のため徐行運転しますと言う。全くついてない。美瑛の手前で31分が過ぎた。もうバスはない。タクシーのみだ北海道で以前もタクシーに乗ったが北海道は目的地までの距離が長いのだ。上富良野駅到着は16時46分で31分のバスは出てしまっていた。

P7309894昨日行ったビジターセンターで見たエゾジカ かなりでかい

P7309901チングルマもう花は終わっている。

P7319919エゾリンドウ

P73199399合目にてあと少しだ。

P7319943頂上で記念撮影

P7319951トムラウシや十勝岳を望む