本日 178 人 - 昨日 235 人 - 累計 390324 人
RSS

櫻井神社と法道寺

天正5年(1577)織田信長の根来寺征伐の兵火にかかり、神宝古記録を焼失、神領も没収され、一時は荒廃した。天正16年(1588)加藤主計守(かずえのかみ)清正の発願で阿弥陀堂の再建、元禄15年(1702)神門再建、亨保16年(1731)鐘楼と宝蔵を再建した。慶応4年(1868)神仏分離に際し、仏像仏具経巻等は片蔵の金福寺へ移管し阿弥陀堂は、別所の法華寺に譲渡した。鐘楼は神輿蔵(みこしぐら)に改造して現存している。明治5年(1872)に郷社に、同41年(1908)から明治43年(1910)には旧上神谷村内の國神社他9社を合併。大正6年(1917)拝殿が特別保護建造物に指定される。昭和17年に府社に昇格し、神威の尊厳を加えた。拝殿は昭和天皇28年(1953)に大阪の神社建築では住吉大社本殿4社とともに国宝建造物の指定を受けた。堺で唯一の国宝建造物である。
DSCN9231
狛犬 頭にツノがある
DSCN9233
ここで蛭子さんの笹など販売
DSCN9235
小躍りの時の赤鬼
DSCN9236
小躍りの時の黒鬼
DSCN9237
日露戦争の時の肉弾三銃士(彫り物)

コメント
name.. :記憶

画像認証
画像認証(表示されている文字列を入力してください):