武奈ヶ岳登山前に前回の今でも活躍する伊勢商人の答えを発表します。右の亀甲紋に大・K&Kは国分グループ株式会社です。千七百十二年創業当初は醤油の醸造業をしていましたが、千八百八十年醤油醸造から撤退し、総合食品卸業を展開しています。スーパーなどで国分の缶詰やK&Kのマークが入った商品を見られた方も多いと思います。続いて右下はちくま味噌です。元禄初年(1688)塗物店として江戸に進出その後深川永代橋際で味噌醸造を始め、乳熊屋作兵衛商店とした。乳熊がちくまになったのである。
左上は小津和紙店操業は承応二年(1653)小津清左衛門長弘が大伝馬町に出店和紙を扱った。家印は△に久うろこにきゅうで、絵画、書道、工芸などの分野で扱う和紙全般をとり扱っている。
左下はカネに、にんべんでこのマークはスーパーなどで見られる方も多い。鰹節だしで有名な「にんべん」で宝永元年(1704)に日本橋に高津伊兵衛が出店。通称にんべんが社名となった。現在は13代当主が日本の味を世界へと展開している。そのほかドライフーズなどでも有名である。
さて武奈ヶ岳登山前に山行記録をネットで見た。以前から京阪電鉄がロープウェイの営業をやめていることは知っていた。最初比良駅から金糞峠への道にしようかと考えたが、ネットで堅田から坊村の記事が多く載っていた。今ではこちらが主流なのかもしれない。坊村から御殿山コースだ。私は比良山には6回ぐらい登っている。一番古くは18才の時だから五十八年も前だ。最近は55才ぐらいだからこれでも二十一年も前になる。積雪期の登山は鉢ヶ峯の自然を守る会のメンバー4人と行った武奈が岳からイブルキノコバを廻って金糞峠に出て来たのが思い出される。この時はワカンを持参した。ケーブルで頂上駅まで行き、八雲が原でスキーをしている連中やスノーシューを履いている人、さらにスキーにシールをつけて登っている人など様々なスタイルで山を楽しんでいたと思う。スノーシューはこの頃出始めだったような気がする。八雲が原ではレンタルもやっていた。今回は堅田から坊村御殿山コースで行くことにした。堅田から坊村までは江若バスである。今のJR湖西線は以前は江若鉄道が走っていたところである。年代物のジーゼルカーで車内は軽油の匂いがいつもしていたし、車掌が見回りにきてリュックの大きさで荷物運賃を請求するのだ。いつも余分に取られるので腹を立てていた思い出がある。