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四阿山と浅間山登山4

昨日はワインの酔いも手伝って早く寝てしまった。朝は4時過ぎに目が覚めた。寒いのである。部屋にストーブが用意されていたが、使ったらもう5時に起きられないと思い、布団の中で我慢した。5時昨日登山の用意ができてなかったので改めてパッキングし直し、地図を広げて今日のコースと頂上のの到着時間を予想した。6時に朝食が出され、それが終わるとオーナーとすぐに出発した。登山口に着いたのは6時55分、今日は根子岳から四阿山への登山だ。根子岳への登山道は牧場に沿った道で牛が逃げないように石垣が拵えてあった。オーナーの説明によると猫岳の麓や登山口周辺は牧場になっていて夏場麓の酪農家から牛を預かって秋の終わりまで放牧するという。石積みの柵は高さが1,2mあるがこの柵を越えて他の群れに入る牛もいるという。7時40分展望台に到着ここから槍ヶ岳、剱岳、鹿島槍、五竜岳が見えた。8時55分小休止、9時45分根子岳頂上、根子岳でウッドラフで同宿していたU夫妻に追いつかれる。U夫妻は富田林から来たという。根子岳から四阿山までは尾根道のアップダウンがあり、四阿山手前の三叉路で昼食にした。12時30分頂上着、「頂上には信州の方に向いて立っている信州祠と上州の方に向かって立っている上州祠がある。信州洞には日本武尊、弟橘姫、イザナミノミコトを祀り、信州祠には大己貴命、須勢理姫命を祀る」と深田久弥の百名山に書いてあるが、ウッドラフのオーナーは上杉謙信より信州と上州を治めるように言われた真田幸隆が信州と上州にミラみを効かすために立てたと言っていた。それを聴いていた私は遠い神話時代の話よりオーナーの話の方が現実味があって面白いと思った。四阿山はどうしてこんなに人気があるのかわからないが、頂上に30名もいたし、三叉路では50人近くが昼食をとっていた。下山開始して1時間経ったところで、私より年下の婦人が岩の上にうずくまっていた。大丈夫かなと思いながら通り過ぎようとするとご主人より声かけられた。「女房が転んで頭を岩にぶつけて血が流れているんです。どこか連絡つきますか」というので、そしたら私が泊まっていたペンションに電話してみましょうかというと、「それなら私菅平高原ホテルに電話します」という。ついで何か薬持っていませんかというので、私は芍薬甘草湯と補中益気湯をリュックから取り出し夫人に与えた。おでこに大きなタンコブを作っていたので芍薬甘草湯が効くだろう。両方ともツムラの薬で芍薬甘草湯は堺の知人からよく効くと教えられたものだ。飲んで10分ぐらいして婦人は気分が良くなりましたという。「30分したら多分良くなりますよ。それまでしばらく休まれた方がいいです。」と言って別れた。後日夫人から丁重なお礼の電話があった。

P9171831中央に鹿島槍、その左が槍ヶ岳、その奥が剱岳

P9171839根子岳山頂にて

P9171844三叉路

P9171846上州祠

P9171847四阿山山頂にて

P9171850信州祠




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