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朝6時15分雨太郎兵衛小屋を出発、今日もお茶を買った。7時10分小休止、上から山ガールが降りてきた。私を見てこれから先もっと風と雨がひどいという。ハイハイと素直に聞く。8時30分薬師山荘到着ここまでかなりの雨だった。靴下を脱いでいるものや手袋を絞っている女性もいる。9時10分肩の部分に到着雨が小降りに、頂上が見えている。ピッチを上げる9時30分晴れてきて富山湾が見える。肩からトラバースする形で頂上まで一気に登る。9時55分到着。晴だ。長城には小さな神社があり、仏様たちが祀られていた。賽銭百円で下山の無事を祈る。神社の横に鐘があったので石で叩いて鳴らす。爽快な気分だ。途中薬師平で愛知大学の遭難碑を探したが見つからなかった。この後5分して男性が登ってきた。お互いの写真のとり、晴れたことを喜び合う。頂上で友達に電話をして登頂を知らせる。いい気分だ。10時10分下山開始。すると晴れたとみえ、かなりの登山者が登ってくる。薬師岳山荘に着くまでに二十人は登ってきただろう。12時20分テント場着、ここのテント場は山からの水を引いている水道があり、おまけに綺麗なトイレもあった。12時55分太郎兵衛小屋到着。コンビーフとカロリーメイトの昼食、お茶を買って、13時30分太郎兵衛小屋出発。ここから折立登山口まで必死に歩いた。レンタカーの返却が18時だったので16時30分におりたかった。折立登山口には16時40分に到着。コースタイムより、20分早かった。ここからカーナビでレンタカー店へ行くのであるが、カーナビがフロントガラスすぐの台から外れて下に落ちていた。そもそもカーナビが単車につけるような小さいものであとづけだから吸盤が乾燥して外れたのだろう。吸盤がうまくくっつかないので助手席に置いて走る。それとカーナビが間違えてもうまく修正できないのだ。途中で再度目的地を入れ直して出発。なんとか18時13分にレンタカー会社に到着し、無事にその日のうちに家に戻れた。今までレンタカーでこんなカーナビはなかった。

IMG_9851頂上で記念撮影

IMG_9849頂上の薬師神社

IMG_9865頂上へ続く尾根道


太郎兵衛小屋の夕食はとんかつが出た。それもパリッと歯応えがあるとんかつだ。隣に私より歳とった人がいたので年齢を聞くと82歳だという。今日は朝5時出発で黒部五郎に行ってきたと、なるほどやはりこの年齢になるとそれぐらいに出発しないといけないのだ。100名山を目指していてこれで87山登ったという。年齢を早く追い越したかったそうだ。でも後の山は困難な山ばかり残っているという。82歳にしては顔の色艶がよく、体から元気が出ている。いろいろお話を聞かせてもらった。奥さんが若い。このお二人なら100名山は十分達せられそうだ。今日は自炊室でビールを飲もうと思っていたが自炊室はストーブが入ってなかったのでやめた。持ってきているウイスキーを水割りで飲む。小屋の水は冷たくて水割りが美味しい。ベーコンをあてに飲んでいると向かいの登山者がどちらからこられたか聞いてきた。堺だと言うと彼は高校まで須磨にいたと言うので高校なら私は鳴尾高校で、兵庫県ですと。彼はその後東京の大学に行き、東京で就職し、東京の住人になったと、彼は旅行それも海外旅行が好きで、120か国行ったと言う。私はその半分だと言うと。どんな旅か聞いてきたのでピースボートの旅と自分で計画して旅したと、彼は主にパック旅行で7日から10日間ぐらいの旅だった。私は自分で計画した旅で印象深かったアウシュビッツや、カンボジア地雷ツアーなどの話をした。そして義母の介護に目処が立った64歳から始めたと言った。彼は65歳。そこで彼にちょっと英会話を勉強して自分で旅することを勧めた。まだまだ話したかったが消灯時間が迫ってきたのでやめた。明日はいよいよ薬師岳だ。

P8200140中の俣乗り越し

P8200179夕食にとんかつが出た。

P8200180食堂の混雑風景

P8200176中部国立公園の看板

P8200178太郎兵衛小屋



太郎兵衛小屋は登山客でいっぱいだった。私は臨時の夕食(夕食は5時から1時間

)を缶ビールを飲みながら食べた。ビールは七百円ちょっと高かったが自分へのご褒美に飲んだ。寝床はトイレに近い場所で助かった。シュラフかインナーシーツ持参だったので私はインナーと寒かったらと思いカイロを用意した。しかし夜は寒くなくよく寝れてた。朝は5時から朝食が開始され、すでに三十人ぐらいが行列を作り並んだ順番に支給された。お茶は水筒1本二百円だった。私のテルモスは497ccだからちょと損だ。他の登山客は1リットルの水筒だった。黒部五郎への出発は6時20分雨。最初はだらだらと湿原を歩き、やがて北の俣岳が見える頃晴れてきた。8時40分北の俣岳頂上到着。赤木岳到着10時10分晴れてきたのに双眼鏡をサブザックに入れるのを忘れてきた、残念。10時40分夫婦連れの登山客と会う。黒部五郎に登ってきたという。どれくらいかかるか聞くとここからちょうど1時間30分だという。昼食と帰りの道程を計算すると午後6時ごろになる。私のいる場所は中の俣乗り越しを超えてい1つ目の丘だった。昼から天気は悪くなる予報だ。私は考えた末諦めることにした。雨や風と言っても半端じゃない降り方をするし、明日は薬師岳でこちらが本命だからだ。中の俣乗り越しまで引き返し昼食にする。晴れているのでレインコートを脱ぎ、スパッツにする。11時30分出発、12時20分小休止したところに苺がなっていた。食べてみる、硬くて味も甘くない。12時50分赤木岳通過。13時30分より雨、14時さらに雨がキツくなったので再びレインコートを着用。14時30分北の俣岳通過、15時20分太郎兵衛小屋が見える、雨が少し小降りになる。ここから高層湿原なので写真を多く撮る。太郎兵衛小屋到着は16時25分だった。太郎兵衛小屋が見えてから時間がかかった。17時の夕食まで乾燥室で濡れたレインコート・登山靴・帽子・手袋を乾燥させる。

P8190103太郎兵衛小屋の自炊室

P8200174高層湿原木道が整備されていて歩きやすい

P8200107北の俣岳

P8200129薬師岳方面を見る

P8200123赤木岳

P8200146イチゴがなっていた

P8200157フデリンドウ

P8200163リンドウ




8月19日から表記の山へ行く計画を立てた。以前から薬師岳は登ってみたい山の一つだった。昭和38年の豪雪の時に愛知大学山岳部員十三人が道に迷い遭難死亡した事件があった山だ。折立の登山口は富山駅から1日3便しか出ていないそれも午前中だ。バスで行くなら大阪からだと前日1泊しなければならず、レンタカーで行けば一泊減らせることがわかった。有峰口からは有料道路になっていて乗用車だと1900円かかる。有峰湖を越して少し行くと何か黒い動物が動いていた。通り過ごしてクマだろうと確認しようとして車を降りそうになってクマだったら大変なことになると気づき、バックミラーに映る熊の姿を見た。写真を撮りたがったがやめてまた走った。折口の駐車場に車を置いて登山口に向かった。するとすぐに愛知大学の十三人の遭難碑が立っていた。冥福を祈り合掌する。時折パラパラする雨の中を登る。だらだら長い上りが続く。登山地図には太郎平小屋まで5時間だ。4時ごろ急に風や雨が強くなてきた。登るピッチが遅くなり、朝早かった疲れが出てきた。6時を過ぎてもまだつかない。6時30分になった時に山道の上の方から誰かが降りてくる。そして「山岳救助隊のものだが、山小屋に到着する予定の人がまだ来ていないということ」で降りてきたと。それから30分彼のペースについていくのにどれだけシンドかったことか。7時に太郎兵衛小屋についた。

画像富山駅前 駅前が開発されている。

P8190071折立ここまでバス便がある。

P8190077愛知大学遭難碑 13重塔

P8190079紫陽花

P8190085登山路

P8190092なんだろう ヘリコプターの標識か

P8190095標識まだ太郎兵衛小屋は遠い

P8190099もうほとんど暮れかかっている遠くに富山湾が見える




帰りは上富良野から富良野・滝川と回り札幌についた。富良野で1時間の電車待ちの時間があったので駅周辺をぶらぶらしたが、ここは一軒ホテルがあったのみで駅前通りとか商店街など全くない。有名な脚本家が住んでいることやハーブの街と喧伝されているにしては殺風景な町だった。富良野駅のホームには北海道のヘソであるという展示があり、大体北海道の真ん中に位置しているらしい。富良野から鈍行で3時間かけて札幌についた。パークシティ札幌は札幌駅から5分という場所にあった。フロントで大きな部屋が空いてましたのでそちらを使っていただきます。料金はそのままですと言われ、部屋にいくとベットが2台入るほどの部屋だった。ここで登山で汚れたものや汗をかいたもの全て洗濯した。登山の最後はビジネスホテルに泊まることも度々ある。その時は必ず洗濯だ。次のhは札幌の旧の市庁舎見学とクラーク像を見に行った。北海道大学は札幌駅から5分の近距離にある。この日は北海道大学博物館を見たかったのだが、2日の月曜日は休肝日で残念ながら見られなかった。生協は営業していて農場で取れたものを加工したものや乳製品が新鮮だったので少しお土産に買って帰った。

P8010010ラッセル車

画像富良野駅 北海道のヘソ

P8020020パークsティホテルの部屋

P8020022札幌旧市庁舎

P8020042クラーク像

P8020047北海道大学博物館


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