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白浜から川湯温泉・熊野本宮大社5

富士屋旅館の夕食のメニューの中で良かったのはカンパチの塩焼き、もち豚豆乳しゃぶしゃぶ、鯛ご飯だった。豆乳のしゃぶしゃぶは初めて食べたが、クセもなく美味しかった。腹が満たされて私はすぐ寝入ってしまった。朝起きると二人の姿はなく、多分朝風呂に出かけたようだが、私は眠くてまた寝た。6時30分彼女らは帰ってきた。朝風呂がえがったというような顔をして満足げだった。7時に朝食を食べた後彼女らはゆっくりするはずだったが、私の熊野本宮大社見物についてくることになった。せっかくきたという気持ちになったのだろう。8時過ぎのバスで熊野本宮大社に出かけた。8時25分着であとはゆっくり熊野本宮大社を回れる。旅館から地域クーポン券3000円が出ていたのでこの地域と熊野詣での街道沿いのお店や紀伊田辺で数軒使える券であった。バスを降りてすぐの熊野本宮大社はかなりの石段の階段を158段上がった先にあった。この本宮は拝礼の順序があって、素戔嗚尊、伊邪那岐尊、伊邪那美命、天照大神の順でそれぞれの大社づくりの拝殿にお参りしなければならないそうだ。私は知らなかったが、同じ時間帯に団体客のガイドが説明しているのを聞いて覚えた。熊野本宮大社は紀元前33年に3つの川の合流点の中洲の「大斎原」に創建された。1889年の大洪水後流出を免れた上四社を現在地に移築した。熊野本宮大社の向かって右には御守りや絵馬やおみくじが置かれていた。私はお守りとちょっと変わったお札のようなものを買った。鬼門と書いてあるが、鬼の最初のノがない字。これで神と呼ばせる「かみもん」というお札を買った。除災招福・家門繁栄の御利益があるようだ。今は家の北東の角に吊るしている。さて元の斎原は日本一の大鳥居をくぐり抜けた先にある。実際に行ってみると狭い敷地だった。昔は案外小さかったのかもしれない。また本宮大社のそばにある世界遺産熊野本宮館に立ち寄る北館は熊野本宮大社の創建から今までの歴史の解説をしていた。熊野詣では平安時代に盛んになったとあり、特に天皇や上皇が熊の詣をしたことが描かれていた。それとここでも恩師がいたということが書かれていて、それが山伏や修験道の導師が起源ということが描かれているのが目を引いた。この件に関して後で三重県立博物館の館長だった布谷氏に聞くと大きな神社などでは当たり前に御師がいたという。ただ読み方はおんしというところとおしというところがあるようだと言われた。今でも続いているところもあれば無くなっているところもあり。多くはなくなっているという。南館に入るとここはお土産屋さんと観光案内の事務所があった。昔からのものとして那智黒の飴は定番で置かれていた。そのほかに熊野水軍という焼酎、めはり寿司、徐福茶、そして太地の鯨のハムなどあった。そのほかには漬物が多くあったが熊野水軍と珍しい鯨のハムを買った。

PB092346熊野本宮大社の入口

PB092347熊野本宮大社の参道

PB092349案内するガイド 説明を勝手に聞く

PB092353熊野本宮大社の正面

PB092355素戔嗚尊

PB092359八咫烏

PB092360日本一の大鳥居と彦田社


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